2010年02月27日

「さよなら」 は、まだ言えない・・・

30代男性、交通外傷での搬送。

両親と一緒に恋人を乗せて家族ドライブの途中での事故。
現場近くの救急病院へ一旦収容された後に状態の悪化もあり、
より高度医療を受診可能なこちらへ搬送された来ました。

ただこちらへ搬送される前にも既に何度か危険な状態を繰り返し
救命での処置を行っている際にも2度の心停止。。。

事故で同乗されていた4人のうち
運転されていたこの患者さんだけが意識不明の重体で
助手席の彼女は右手首骨折は有るものの
既に自分で歩ける状態で搬送の救急車に同乗されてきました。

患者さんのご両親は後部座席に座っていたそうで
打撲等の軽症で既に治療を終えられ、
救急車とタクシーに分乗され救命外来へ駆け付けていました。


最初に搬送された病院で、何とか安定させる状態まで処置され
搬送可能な状態になったところでの移送でしたが
状態は厳しさを増すばかりで・・・・

3度目の心停止後、何度かの薬剤投与と
Dr.がカウンターショックなども繰り返し
私が患者さんの心臓マッサージを続けているところで。。。

Dr.が 「なすび、マッサージをやめて」
そう言って再度モニターを確認した後に
ご家族に 「最善をつくしましたが・・・」
      
結婚を約束されたという女性が
     「マッサージをやめないで!」

Dr.   「既に長い時間、脳への血流が無く、
      助けられる状態ではないので、彼にお別れを言いましょう」


青天の霹靂でしょう。
そんな言葉を耳にするなんて。。


マッサージをやめた私に詰め寄って 「続けてください!」

そのお気持ちは痛いほど分かります。
患者さんのご家族にすれば私たちがどれほど無情に映ったでしょう!

Dr.が為す術の無い事を再度告げ、ご両親が唖然とされる中
お父様が、「○○ちゃん、もうダメみたいだ。 さよならだ」
そう言ってお母様と一緒に患者さんの手を握り締めました。

現実を受け入れられない空虚な時間が流れ
暫くしてお母様が泣き叫ばれ、その声で初めて皆さんが
その悲しい現実を受け止められ始めました。


そして、その恋人の女性が泣き声で・・・

 「さよならなんて言えない。。。」




毎日のように出会うこう言うシーン
それでも慣れるものではありません。。







 



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2010年02月22日

春を求めて・・・

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寒い日がひと段落しそうだと言うので
久しぶりにランディとゆっくりお散歩に出かけました。

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いつものお散歩コースもまだ寒いせいか人通りも少なめで
チョッと足を伸ばしてバラ園の方まで行ってみました。


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もう少し時期がいいと人出も一杯になるんですけれど
この日はまだ寒さもあって人もまばらでした・・・


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寒空だけどお花は真っ赤に燃えていました。


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こちらはもう少し先かな!?

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チョッと迷惑そうなランディ!

「もう少し咲き揃ってから来ようよ」 って言ってるのかも!?

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「早く元町に行って暖かい物食べようよ」 って言い出しそうです(汗)


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思い出の地を横目に見ながら・・・


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左手の外人墓地が今でも人気観光スポットになっていますね!

その脇の坂を下りれば、元町は目の前です!
ランディのお気に入りのワンコカフェも直ぐなので
二人でお茶して冷えた体を温め
本来の目的である「雪国の子供たちへのお返事書き」をして
帰ってきました。

このお返事は手書きで書かなきゃいけませんものね!
久しぶりに便箋と万年筆をバッグにつめての街歩きでした(^^)

私が感想文や質問のお返事書きに没頭していても
ランディは静かにテーブルの下で待っていてくれます!!

その理由は・・・
わんこケーキを食べるのに没頭しているからでした(^^;)


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久しぶりにゆっくりとお散歩できて
午後からは陽も差してお花も見れたけれど、
暖かな春はもう少し先かな・・・!!























nasubi83 at 21:22|PermalinkComments(10)TrackBack(0)この記事をクリップ!ランディ 

2010年02月20日

雪国からお便りを!

昨夜、準夜出勤で病院に行ってみると
先日、年末年始を過した雪国の小中学校の始業式で
「命について」のお話をさせていただいた事を書きましたが
その時の生徒さんたちから
診療所を経由して感想文が届いていました!

小学校低学年のお子さんには、チョッと難しいかなと思いながらも
何となくでも 「今生きて、この瞬間に一緒にいられる偶然・必然」
そんな内容を噛み砕いた話し言葉で医療者の立場で話したのですが・・・

各学年それぞれ特徴ある感想、
これからの進路についてや、お友達との関係についての悩み事。
そして思春期ならではの苦悩などを私に質問するように
書き記してくれました。

地域性も有るのか、3世代同居のお子さんたちは、
曾おじいさんなどの病気や死といういうものを体験しているせいか
人や動物の生へのとらえ方や思い方に
核家族化が進んだ都市部のお子さんたちとの
違いを感じさせられました。

他のお子さんからは、妹が生まれる際に
お母さんが長い期間、市内の病院へ入院してしまい
中々お見舞いにも行けずに淋しい思いをしたというお話も。。

一昨年の夏におばあちゃんが畑仕事をしているときに
農機具に指を挟まれて大量の出血をして意識が無くなりそうなのに
診療所では何も出来なくて、結局役場の車で2時間掛けて
市内の病院へ連れて行ってもらうまで痛そうで可哀想だった。
診療所で手当てや手術が出来れば、
おばあちゃんは長く入院しないで済んだのかな? とか。。

いじめられて自殺する同学年の人のニュースをTVで見ると
自分も辛いときに死んだ方が楽になれると感じていた。
でも生きたくても生きられない、病気の年下の子がいる事を
看護師さんの話を聞いて初めて身近に感じ驚いたので、
これからは辛くても生きなきゃいけないと思った。 とか。。

じいちゃんが「元気が一番の宝だ」と言っていた意味が
なんとなく判る様な気がしてきた。 とか。。


その他のタイトルだけでもご紹介すると・・

いのち・奇跡に感謝!!!    

一生大切なこと     

献血の血はいつか自分や家族のために巡りめぐる  
      
小さないのちでも大切な命

自分の命の価値 

生死・親と自分と未来の子供へ

      etc.

中にはご両親やおじいちゃん・おばあちゃんが読まれたら
どんなに喜ばれるだろうと思える内容のものも有りました。

こっそりと今持つ悩みを打ち明けて下さった子もいらっしゃいました。
悩める青春真っ盛りのお子さんたちですものね。

私の投げかけた命や健康・それを通した友達や家族の大切さ
そう言った彼らに伝えたかったメッセージを、
それぞれの感性でキャッチしてくれて、心に留めてくれた様なので
高校や大学へ進学する際に生まれ育った土地を離れても
故郷の大切さ、他人への思いやり、
自分自身の健康が家族への安心を与える事などetc.
そう言った事を忘れないでいてくださるでしょう。


皆さんが命や健康と言う「当たり前」と思っていた事が
本当は物凄く奥深く、そして大事であるかを
少しだけでも感じ取ってくれる機会になってくれたのなら
私にとっても嬉しい限りです!


これからお礼のお手紙と、相談してくれた子には
お返事書いて送りますからね。

本当に皆さんありがとう♪





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2010年02月18日

高度な医療行為できる看護師資格新設へ 厚労省が素案

今日の新聞にこんな記事が出ていましたね!

 医師不足の解消や医療の質の向上を目的に、厚生労働省は、従来より幅広く高度な医療行為ができる新資格「特定看護師(仮称)」を導入するとした素案をまとめた。18日に開かれる同省の「チーム医療の推進に関する検討会」で法制化も視野に議論し、3月までに方向性を決める。

 医療が高度化し、多くの医療機器をつけて在宅療養する人が増えるなどで、看護師は、さまざまな医療行為に応じるよう迫られている。

 現状でも看護師は医師の指示があれば、診療の補助としての医療行為はできるが、範囲はあいまいで解釈を巡って議論が続いてきた。そうしたなか2002年に静脈注射が、07年には薬の量の調節などが、それぞれ現状を追認する形で認められた。看護師の医療行為を適切に管理できるようにする狙いもある。

 素案では、特定看護師の条件として、(1)看護師免許がある(2)一定以上の実務経験がある(例えば5年以上)(3)第三者機関を設け、そこが認めた大学院修士課程を修了(4)大学院を修了後、第三者機関で知識や能力の評価を受ける――の4点すべてを満たしていることを掲げた。

 医療行為はあくまで医師の指示が前提だが、患者の重症度の判断(トリアージ)や機器をつけて在宅療養する患者らに対応できることを想定して、動脈血の採血や超音波検査、人工呼吸器の酸素量の調節、薬の変更、簡単な傷の縫合などを例示している。

 ただ、性急な法制化は混乱を招くとして、現行法下でモデル事業から開始する。米国などで導入され、独立して診療行為をする看護師(ナースプラクティショナー)とは一線を画すが、特定の医療行為とはいえ、自律的にできるようになる点では、医療現場での役割分担が大きく変わる。

 これまでの検討会の議論では、新たな看護職種の導入について、日本医師会などが反発しており、議論の行方が注目される。


法制化されるのは責任の所在がハッキリして
業務への取り組み幅も拡がりいいのですが・・・

現状でもCNやCNSは実務経験の上
大学院での修士課程を修了しているわけだし
博士課程修了している看護師も居るのだから
やはり現状追認の感は否めませんね!

正看護師・CN・CNSという区分も患者さんサイドには
周知・認識されていない上に、
国家資格の無い准看護師まで「看護師さん」として見ているうちに
特定看護師有資格者が医療行為を行うようになると
患者さんやご家族は益々混乱するように感じてしまいます。

皆さんが病院で看護師をみても
名札に書かれた 「看護師」・「認定看護師」・「専門看護師」など
余り気にされてないことと思います。
准看護師と正看護師の違いも、おそらく気にされないでしょう!?

だからなのか今でさえ、私が点滴速度を変更したりすると
ベットサイドのご家族が血相変えて
「先生の許可無く看護師が勝手に変えるな!」って
怒鳴りだしますからね・・・。

どうせやるなら専門性を極めさせ
ナースプラクティショナーとしての資格を新設する方が
医師不足の解消や過疎地などとの地域医療格差も
解消されると思うのですけれど・・・・

いつものように又医師会が反発するのでしょうね。





nasubi83 at 13:48|PermalinkComments(7)TrackBack(0)この記事をクリップ!病棟 

2010年02月16日

罪滅ぼしに・・・



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私の派遣期間中、ずっとお留守番をさせてしまったランディに
罪滅ぼしの気持ちもこめて一緒にドライブです!



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この通りは246(青山通り)、都内でもメジャーな通りですが
丁度表参道の辺りからこどもの城の方へ
長い人の列が伸びていたので、目で追っていくと・・・


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人の列はここへ!
懐かしい思いの方もいらっしゃるのでは!?

ここは青山学院大学の正門です。
人の列はこの日入試を受けに来た学生さんの列でした。

中にはお母さんと一緒にいらしたような学生さんもいて
正門前の狭い歩道では、待ち合わせ場所にしないようにと
係員のメガホンが唸っていました!

私も10年ほど前にはこうして大学受験したんだなぁと
チョッと懐かしい思いで横目に見ながら
渋谷方向へ目を向けて安全運転に没頭です!!


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そして向かったのがこのお店♪

ランディは生まれつき膝の関節に疾患があり
グレードが悪化すればオペも視野に対応しなければいけないのですが
筋力とサプリメントなどでカバーしながら経過観察しています。

でもこの季節は筋肉が固まりやすいので、
お散歩時にはなるべく膝を冷やさないようにするよう
派遣期間中預かってくださった大学時代のサークルの先輩で
今は動物病院を開業している獣医さんからも指摘されています。

学生だった頃は楽しい先輩と言う印象だったけど
今はランディの事を色々相談できる頼もしい先輩なので
急な派遣や出張などの時は、いつも無理を聞いてくださるので
本当に助かっています!

ランディも近所の掛かり付けの獣医さん以上に
この先輩を気に入っているみたいで
私が迎えに行っても中々帰ろうとしなかったのには
チョッと悲しい思いもしましたが。。。。



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それで今回は以前から持っていたヤンキースのダウンに併せ
紺色のストレッチパンツを購入しました。

今までは筋力をつけるためにお散歩時も
膝の稼動範囲に影響しないようにとズボンは履かせなかったのですが
私が暑いところから帰ってきたばかりなせいか!?
このところの寒さにブルブル震えてしまったので
ランディにもズボンをと思ってお出かけしてきました!

どうでしょう、似合っていますか?

本人は 「ママ、僕はこんなの要らないよぉ~!!」って
迷惑そうな顔しているのですけれどね(^^;)



nasubi83 at 14:07|PermalinkComments(7)TrackBack(0)この記事をクリップ!ランディ 

2010年02月13日

僕の子供には病気させない!

その男の子が搬送されてきたのは
まだ私が派遣先から戻る前の事でした。

救命からICUへ入院し、現在も加療中のそのお子さんは
来月には小学校を卒業する予定の笑顔の可愛い子です!

でも・・・
この4年間で小学校へ通ったのはホンの数日だけ
元気にお友達と登校できたのは2年生までだそうです...

その後は闘病を余儀なくされ、殆どの時間を病院で過ごし
次第にお友達との話も合わなくなり
お見舞いに来てくれる友人も一人減り二人減りと・・・

その子がやっと体調が安定して一時帰宅を許可され
ご家族と一緒にお家での時間を楽しんでいる時に
自宅玄関の段差に車椅子が引っかかり転倒し投げ出され
頭部強打による一時的な意識喪失があり搬送されたようでした。

救急要請した際には入院していた病院を指定したようですが
救命や脳外科医の不在などもあってこちらへ搬送され
処置後直ぐに意識は取り戻したものの、
様態が安定するまでこちらのICUで経過観察してから、
入院元の病院へ転院することになっています。


そのお子さんが、久しぶりに出勤した私を見て

「新顔の看護師さんだね、ゲームしようよ!」

そう言って笑顔で話しかけてくれました。
その言葉使いには、医師や看護師との会話に慣れた
笑顔の中にもチョッと絶望感も漂うような気がしました。

入院が長引くと周りが大人ばかりなので
大人びた言葉を使う子がいることは良くあります。
それがチョッと可哀想に感じるのですけれど・・・

少しだけ時間を見つけてゲームをしていると
ボソッと一言・・・

彼      「僕は結婚できるかな?」

なすび    「病気なんて愛情と関係ないからきっと出来るよ」

彼      「僕に子供が出来たら絶対に病気にさせないんだ!!
        病気だと友達もいなくなっちゃうし
        ○○(弟さんの名前)とも遊べないもん。。。
        ゲームだって先生や看護師さんとだから
        本気で遊べないしつまらない」

小学生が学校へ行けないつまらなさって
大人が感じる以上に悲しい事なのでしょうね!

早く良くなって、好きな女の子見つけて
大人になったら結婚して、生まれてくる子供には
病気の苦しさを味合わせないようにして欲しいですね。。。。


その前に早く安定させて、出来れば来月の卒業式や
春の中学の入学式に出席させて上げられるよう
ケアしていかなくちゃね!











nasubi83 at 14:13|PermalinkComments(4)TrackBack(0)この記事をクリップ!お子さんたち 

2010年02月10日

ご無沙汰しましたが戻りました。。。

先日無事に帰国する事ができました。

国内の報道で既にご存知の方もいらっしゃると思いますが
政府派遣の緊急援助隊医療チーム1次隊は
その任務を、防衛省の派遣した防衛省医療技官の
医療支援チームへ引き継ぐ事になり、
JAICA関連の召集が無い事は
前回のブログを書いた直ぐ後に連絡が入りました。

ただその直ぐ後に、所属するNGO団体の方からの要請が入り
政府派遣ではなく、民間団体の派遣要員として
現地へ飛ぶ事になりました。

現地へは日本政府派遣の緊急援助隊の他
日本国内からだけでも医療法人が独自で派遣したり
数多くのNGO団体が医療分野を含み現地入りしていました。

それぞれの活動場所や内容も多少異なるのですが
医療活動のエリアはそれなりに警備もされていて
民衆が略奪などに押し入る事は無いと言われてはいたのですが…
一歩外へ出ると、災害で家族や家屋などすべてを失った方も多く
その喪失感は肌を通して痛いほど伝わってきました。

そして家族の為に食料を確保しなければならないと
殺気立って我先にと列も関係なく配給になだれ込む姿も多く
警護の銃声が聞こえる事もしばしば。。。

それも皆さん、生への強い意志の表れなのでしょう。。。

親を亡くした小さなお子さんが途方に暮れながら
食料を探す事すら諦めたかのように佇み
その表情からは悲しみすら消え去っていました。

小さな子の笑顔が、この時ばかりは本当に
すべてのやる気を起こす力の源だと感じたものでした。

感情を亡くす小さなお子さんの心の傷は
どれだけの時間が解決に必要なのでしょう!?

外傷手当てや骨折などの確認の為に
ベットに運ばれ家族の話や被災時の状況などを聞こうにも
そのお子さんは感情を出す事が無く、頷く事さえできず
PTSDの奥深さに苛まれてしまっていました。

傷や骨折は処置できても、心に残ったこの深い傷は
この子が大人になっても消え去る事は無いのかも知れません。
私たちは本当に初期の外傷をメインとした治療をするだけで
今はこうしてお腹も一杯に食事も出来、家族もいる地に戻っています。

本当の援助がいったい何なのか?
自問自答をしても見つからない答えなのでしょうね。。。

出来得るだけの継続的援助を適材適所に施される事を
心から願うばかりです。

帰りの乗り継ぎでダラスの空港で聞いたニュースの中で
援助と称して現地のお子さんたちを勝手に支援団体の手で
国外へ連れ出そうとした事件があった事を知り驚愕しました。

援助や支援が受手の望みではなく
供手の思い込みで行われる事の恐怖感を感じるニュースでした。


現地では被災直後の緊急医療は一段落と言えます。
が、その際の怪我や病気、そしてトラウマなどのケアは
今後も長期にわたって必要になるものです。

被災地が落ち着きを取り戻し
復興の一助の中に医療分野も自立させられる手立てを
組み入れられるようNGOのみならず政府派遣のPKOも含め
長期支援はもう暫く続きそうです。

もしかすると夏前にももう一度現地へ赴く事になるかも・・・


その時にはあのお子さんたちに笑顔が戻っている事を祈りながら
彼の地を離れる事になりました。

この派遣では緊急医療に携わる人材の育成も
今後課題として浮き彫りになりましたが
その前に私自身の技術の向上に努力しなければいけませんね。。。






nasubi83 at 11:33|PermalinkComments(12)TrackBack(0)この記事をクリップ!ボランティア 

2010年01月19日

雪国から赤道直下へ。。。

更新が疎かになりましたが
先週末に診療所での勤務辞令が満了となり
週末に病院へ戻り、今週から通常勤務に入る・・・

そう言う予定でいたのですが。。
先週起こった地震災害への医療支援が急遽決まり
登録された派遣要員に一斉に連絡が入りました。

その時はまだこちらに戻る前で、召集場所まで迅速移動も出来ず、
病院の許可も取れない状態でしたので
一時隊で出発する知り合いのメンバーの無事を祈るばかりでしたが
ここへ来て2次隊の派遣も検討される事態になってきましたので
その際の派遣可能かどうかの打診が入りました。

病院側に相談すると、
大学の授業が今週で一通り終わるので
それ以降の派遣召集ならスタッフの遣り繰りも可能とのお返事。

今日明日の出発ではないものの
それまでに大学の講義や、病院へ出す診療所での活動報告書作成
そして病院での通常勤務のCN間の遣り繰りなどなど・・・
チョッとバタバタと忙しさが増してきましたので
ブログ更新がまた疎かになってしまいそうですが
宜しかったら長い目でお付き合い頂ければと思います。

勿論今の段階で2次隊の派遣事態が決定したと言うわけではなく
その要員に入っているわけではないのですが
被災規模が可也広範な事や、現地インフラの不備など
医療支援も長期化が必要ではないかとの報告もあり
現在派遣されている1次隊の活動満了する2週間後には
新たな援助隊が行く必要が有るのではないかといわれています。

もっと早く支援体制が整って、被災者の一人でも多くの救出が
なされていれば良かったのでしょうけれど。。。
現地の治安の悪化振りは中国四川派遣時のそれとは
比べ物にならないほど厳しい状況のようでもありますので
救出・治療・復興と一日も早く必要なところへ必要な援助が
届くようになる事を祈りながら、
出来うる範疇でお手伝いしようと思います。



皆様のブログへ訪問したいのですが
慌しさの中、軽々なコメントを残しては失礼と思い
ゆとりの出来るまでもう暫く失礼させていただきます事を
どうぞお許しくださいませ。



nasubi83 at 15:29|PermalinkComments(12)TrackBack(0)この記事をクリップ!ボランティア 

2010年01月13日

雪国便り~小中学生と

皆さんのところの小学校や中学校はもう始業されていますか?
北国の小中学校の冬休みは少しだけ長く取ってあります。
勿論その分夏休みが短いので、年間授業日数は同じですけれど。。

この地域の学校は今日が始業式でした。
そしてここでは小学生と中学生が同じ校舎を使う
生徒総数20名弱の小さな学校です。

その学校で始業式の後、
全生徒合同のホームルームのような時間に
社会化見学の一環として
「診療所の仕事と医療従事者の体験談」などを
生徒さんたちに少し話して欲しいという要請が有り
本来はここに常勤しているDr.が
「救急医の役割」などをテーマにお話してくる予定でいました。

それが生徒さんの中の中学生の女の子が
将来は看護師に成りたいとの希望があるので
看護師さんのお話を聞かせて欲しいという要望に変わり
急遽私が学校へ出向く事になりました。

本当はそう言うところへ出たがらないDr.が
裏で校長先生に手を回したのかと思いましたが
学校へ行ってみるとその女の子が出迎えてくれて
チョッとありがたい気分になりましたよ!

大学の講義も学生さんは結構真剣に聞いてくれますが
ここの生徒さんたちの眼は興味津々とう言うのが伝わり
特に高学年になるほど真剣さが本気モードでした!

中学も2年生の今頃からは、高校受験を考えるときに
ここの子達は皆故郷を離れる事になるのですから
何らかの形で又村にもどる職に就ければと
思っている子が凄く多いのです。

そう言うバックグランドを聞いていたので
私もちょっとしたプレゼントを用意して行きましたよ。
サイズが合えばいいなと思いながらでしたが・・・。


お話としては
 「命について」、そして「その重み」・「病気予防の大切さ」
小学校低学年のお子さんにも分かり易く話すのに
チョッと苦労しましたが、色々例え話を交えながら
何とか多くの質問をいただけるように話してきました。

救える命・救えない悲しさ・・・
だから大切なのは予防する努力と諦めない気持ちの強さ
そして苦しくなった時には、一人で抱え込まない事。
そう言う意味での家族や友達の大切さ・・・

そんな話をしてきました。

小さな子には難しい面も有っただろうけど
最後まで飽きずに聞いてくれて、色々質問もしてくれたので
終わったときにはホッとしました(^^)

そして最後にプレゼントの公開です!
それは私の白衣(イメージできるようにワンピースのです)を
看護師を目指していると言う女の子に着てもらいました!

キャップ(帽子)が無いのが不満だったようだけど
今はキャップをしないのが一般的なんだと説明して
理解してもらいましたが、チョッと残念そうでした。


医療従事者にならなくとも、自分たちの育った村を
いつまでも忘れずにいてくれるような気持ちでいれば
どんな仕事に就かれても頑張ってもらえるだろうなと思い
生徒さん皆と握手して帰ってきました。


雪深い山村からいつの日かこの診療所を支える人が出れば
どんなに素晴らしい事でしょうね!



nasubi83 at 00:03|PermalinkComments(8)TrackBack(0)この記事をクリップ!雪国便り 

2010年01月10日

雪国便り~試用期間も残り僅か

私がここへ呼ばれたのは
年末年始の市内の病院が満床になる可能性の高い期間に
出来るだけ初期治療や簡便な手技の手術対応を
この診療所で賄えるようにする目的がありました。

前任の看護師さんの病欠がその引き金でしたが
行政や大学が中心となって、
看護師の増員や入院対応の法的手続きなどに勤められ
試用期間という限られた期間だけですが、
入院対応ができる事になったのは地域の皆さんへの
僅かながらも安心の糧になったのかと思います。

ただその裏側には、この暴風雪の中
市内の病院からは私の裏シフトに入る看護師さんが
入院患者さんのいる際は毎日通ってくださり、
分院扱いのこちらへ病院から給食を届けてくれた
村の職員の方の努力も忘れてなりません。

暖かな食事が冷めないように、又こちらの食事時間に間合うよう
栄養士さんは1食~2食を、ワザワザ早めに作ってくださり
保温パックなどで職員の方へリレー。
市内から2時間掛けての朝昼晩の3食でした。

行政のバックアップと職員の皆さんの努力で
この期間の診療所は支えられていました。

幸い入院患者さんも出産など、比較的安定すれば
市内の病院へ移送することも出来たので
試用期間の主たる目的は果たせたのかと思います。

この期間のデータを今後行政がどう解釈して
この診療所に対する予算を組むかは私には分かりませんが
天気が荒れれば救急要請しても2時間も対応できない
そんな陸の孤島が国内には
まだまだいくつも点在しているのも事実です。

当初、私の派遣期間は年末の10日間ほどの予定でした。
手術対応する特異性もあり、後任はCNを希望していたので
その期間に出向に出せる医療機関が無いとの連絡を受け
大学からは年始も私が残るよう辞令の延長もあり
この試用期間一杯まで担当する事になりました。

それだけ人材不足でもあるのですね。
この診療所はそれでも常勤の医師が救命医ですので
それなりの対応は可能でしょう。

長期入院や複数名の同時入院などは難しいけれど
応急処置の一貫的な入院ができれば
簡便な手術はここで受けられると救命率は上がるのでしょう。

できればそう言う方向で診療所の予算をお願いしたいですね。
研修医の過疎地研修機関にも含まれるのですから
ドクターヘリの飛べない時の対応が整えば
可也医療格差を解消できるのでしょうけれど・・・

残された数日ですが、CNとしてここでの実績を残し
この診療所の役割の意識転換を行政に示せればと思います。


来週の私の講義は既に休講が決まりました。
その分戻ってから2コマ続けての最終講義になるので
学生さんにも迷惑を掛けてしまうのですが
この体験を看護師を目指す大学生に理解してもらうには
凄くいい派遣だったように感じています。

これから育ち行く若い看護師さんたちに
この過疎地での医療をどう改善していけるか
看護師として、そしてやがて大学院を経て
認定看護師や専門看護師になろうと言う人には
なんとしてもこの現実を理解してもらえるよう
講義でうまく伝えていかなくてはいけませんね!

って、なんとなくおばさんが入ってしまいました(^^;)
これでもまだ20代なんですよ!! 残り僅かですが・・・












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