素敵な出会い

2011年06月11日

ありがとうございました。。。

あれから3か月が経ちました。
一期一会を大切に、ひと時の出会いも糧となると信じ
私のフィールドと救援活動の一部を
自分なりに書き綴ってきたこのブログですが。。。

ブログを通して楽しい思い出や、
読んでくださった方々の率直な意見などに励まされ
そして患者さんや世界中でケアを必要とされた被災者の方への
フィードバックの一部として続けてきたこのライフワークも
ここへ来ていくつかの決断をしなければならない事になりました。

このブログを通して「嫌な気分になられた方」がいらっしゃること。

単純にその事だけでも続けていく事はいけないのですよね。
ブログを読んで下さった方々が、
色々な意見をコメントとして残してくださることに私は本当に励まされ、
そして活力を頂き現場で生かす事が出来ました。

それは救命での搬送患者さんのケアであったり
中越や四川・ハイチやクライストチャーチ、そして東北でも・・・。
身に危険を感じたときもコメントに励まされたり勇気付けられたり
その力は不思議なほど本当に大きなものでした。

人の命を預かる業務と言うとオコガマシイ事かも知れませんが
自分なりに生死を分かつ思いをしている方々をケアの面からサポートし
そしてQOLに沿った復帰をお手伝いしてきた心算でいました。

ですからコメントでの意見の相違、そして私個人への非難・誹謗も
応援歌として受け止めてきたこのブログでした。

ただここへ来て広域的な国難を迎えて、
その渦中にいる方と、遠方より応援して下さる方との
受止め方の僅かな行き違いに私自身が翻弄される状態です。

その後、他のコメントからも意図した事とは異なる反応も現れ始め
私の手の届かない所で色々な方々が不快な気分になられていることに
今は私自身混乱している次第です。

もう少し私に気力のあるタイミングなら、
今とは違った対応も出来るのでしょうけれど
この所の派遣・支援などの中で、力を尽くしても無力のうちに
悲しい別れや替って上げられたらと思う程の小さなお子さん達の苦難、
一瞬にして変わってしまった生活環境などの対応に
私自身の未熟さも手伝って、多くの時間を費やす事になり
今は心身ともに精一杯の日々を過ごしています。

そう言ったタイミングでこのブログでの誤解を解く努力を初め
不快感を味わった方へのお詫びや
前向きな対応を起こす気力を持てずにいる現状に
本当に皆様にはご迷惑と多大な不快感を与えてしまっているようです。

こういう書き方をすると、それ自体が他人事のようでいい加減すぎると
またお叱りを受けてしまいそうですが、
今の私には多くの言葉を選ぶ余裕すらなく
書き綴る事で逆にブログに訪れて下さる方を
無意識のうちとは言え不快にしている事でしょう。

人との出会いを大切にしていきたいと始めたブログが
人とのつながりを不快なものにしている今の状態に
これ以上続ける意味さえ見いだせないでいるのが現状です。

本当に不快にさせてしまった方々には心よりお詫びいたします。
既にURLを削除され、この文章を読まれる事の無い方もいるでしょう。
そう言った方へは、お詫びの言葉も通じることなく
ただただ申し訳なく思う事しか出来ずにいます。

やはりブログである以上、文章での表現しかなく
私のような拙い文字の羅列しかできない者にとっては
結果的に皆さんに不快感を与えるだけでしかなかった事が
悲しいかな今まで綴ってきた答えでした。

皆様から頂いたコメントの一つ一つは私への励ましでありお叱りであり
そのすべてが私を育てて下さった大切でありがたい物でした。
ですからこれからもここを削除することなく、
私の宝物として、時に読み返してみて反省に当てたいと思います。

前の記事にコメントを頂いていた方々へお返事の言葉も見つからず
この文章に代えさせて頂きます事を心よりお詫びし、
あわせてお許し願いたいと思います。

今まで本当にありがとうございました。

コメントからコメントへと意見の擦れ違いや誤解も生じましたし
私のこのブログを読むことで不快感を味あわせてしまった方々には
本当に申し訳ありませんでした。


今まで、どうすれば看護の技術向上を実践に生かし広められるか
患者さんやご家族の為にどのようなQOLに生かせるかなど考えながら
私なりにこの看護と言う業務に当ってきましたが
ブログでさえ皆様を傷つけ不快な気分にしてしまう私に
今は今後自分が医療の世界に身を置いていていいのか
私のやった事は結果的に、
「人を不快にさせてしまっただけ」でしかなかったのではないか。
そう言った疑問に自問自答する日々を送っています。


ブログを通し出会えた皆様との繋がりを私は勝手に宝物として
その出会いの素晴らしさを誇りに思っていました。
その裏側に、不快に思われる方がこれほどいたのか
などと言うことを全く気づかずに・・・

今回のコメントの中でのすれ違いや誤解なども
その方々にとっては許しがたい不快感でしかなかったのですものね。
本当にごめんなさい。

ですので少しブログを離れようと思います。
色々な事が一時に押し寄せ、かなり疲れてしまいました。

最後にもう一度だけお許し願えればと思いお詫びいたします。
すみませんでした。

既にここを見る事さえ避けている方もいらっしゃるでしょうが
いつの日か何かの間違いでも構わないので
ここを覗かれた際に、お詫びの気持ちだけでもお伝えできればと願い
離れさせて頂きたいと思います。

ある昼下がりに、どこかの公園などでお散歩しているワンコを
「ランディ」と呼びよせている者が居たら、
もしかしたらそれは私かも知れません。

そんな時は、「あのブログでひどく嫌な気分にされたんだ」と
お叱りでも構いません。
お声を掛けて下されば今まで続けてきた甲斐にもなります。

末筆ながら、皆様のご多幸とご健康を祈りながら
お詫びにてお別れしようと思います。
長い間本当にありがとうございました。

いつの日か、又皆さんとブログ交流できる日が来れば嬉しいですね。

                             なすび



追記

shinobueakiraさん
  初期の頃より毎回のように励ましのお言葉を頂き
  本当に心より感謝しておりました。
  今回、やはり博多は東北からは遠いのだなと
  実感する事になり残念でなりません。
  「原発は悪の長物、いらない物」との趣旨を繰り返したコメントも、
  対案を示さず報道と同じ事を書くだけでは伝わりません。
  事故が起きてから急にそこばかり強調されても理解され難いです。
  被災者の方も原発擁護論を唱えているのではないのです。
  危険と裏腹にその恩恵は今や日本人全てが享受している訳ですし  
  とりわけ今回の被災地では原発によって生み出されるものも多く、
  その雇用が有るがゆえに都市部に仕事を求めることなく
  故郷で親子何代も一緒に暮らせているご家族がいることも
  趣味の合間に思い出していただければ、
  被災者の方からの不満もご理解頂けるかと思います。  
  新聞やニュースは先入観を持たずに読まないと
  本当に現地で起こっている大事な事を見落しがちになります。
  お金を出す支援も確かに大切ですが、
  被災者に耳を傾けたり、被災者の目線や気持ちで物を見る事も
  金銭支援と同じように大事な事にも感じます。

shinjiさん
  今回の震災ではご家族も被災され大変な思いをされましたね。
  あの惨状の中お父様の救援に携われたことは、
  私にとっても大きな宝物になりました。
  ブログのコメントに何度も不快感を持たれたとの事お許し下さい。
  ただ貴方が言う「ゴルフの合間に原発は要らない」と言ったり
  「ニュースの受け売りコメント」を繰り替えされた方も思いはひとつ、
  ”一日も早い復興”だと信じています。
  報道は総論を伝えますが、コメントは個人の意見ですから
  バックグラウンドの希薄な意見は時に人を傷つけますね。
  思い込みの激しいタイプの人はニュース報道を
  自分の意見と混同する事も有りがちですから。。。  
  ただ今は皆が平常心を失っているのかもしれないとも思います。
  心を休められたら、その方のお気持ちも届くことを信じています。
  ご家族を亡くされたり、ふるさとを失った事は癒えないでしょうが
  どうかコメントくださった方の本心を心が落ち着いた後には
  いつの日か誤解なく受け止めて頂ければと願います。

wiredさん
  何度も優しいコメントをいただきながら、
  最後はお許しのチャンスもなく既にこのブログを覗かれることも
  なくなっていらっしゃるのでしょう。
  残念ながら私は立派な医療従事者にはなれそうにもなく
  wiredさんが感じられたように身近な患者さんにとっても
  「不快な思いをさせる看護師」だったのかもしれません。
  この所のブログのコメント欄から沸き起こる
  皆様の意見のすれ違いに、
  そろそろブログを辞め様かと思案する日々を送っていた所に
  wiredさんのコメントに背中を押され踏ん切りがついたようです。
  これからはどうぞ可愛いお子さんたちや美しい奥様の為にも
  ご健康にだけは留意され日々の生活を楽しんで下さいね。

ヨッコ先生
  最後までフォローをさせてしまったようでしたね。
  一度もお会いすることなく最後はコメントのコメントで
  気分を害されたのではないでしょうか?申し訳ありませんでした。
  いつの日か先生の教え子たちが看護の世界で羽ばたく日を
  私も楽しみにしていますよ。
  私はそのフィールドに立てる資格は無いかもしれませんが。。。

Happyばあばさん
  いつも優しいコメントに感謝してまいりました。
  何もお返しが出来ずに申し訳ありませんです。
  術後一年を迎えられた頃でしょうし今後も定期健診と体力維持に
  ご配慮され笑顔で楽しい日々をお過ごしくださいね。
  健康でさえいればいつの日か偶然お会いできるような気もします。
  その前に横浜でイタグレ2頭の飼い主さんたちと
  ドッグランでお会いするかも知れませんね。
  その際はお嬢様方とお友達になれれば嬉しいです。

ニコニコおかみさん
  膝の具合はその後いかがですか?
  メールでは結局何もお役に立てづにすみませんでした。
  お伺いした症状と現状の治療から察するだけですが
  今の症状なら早急な置換術が必要ではない状態だと思います。
  これからも徐々に徐々に筋力と安静で回復を目指してくださいね。
  炎症が軽くなれば痛みも緩和されるはずです。 
  無理のない様、いつもニコニコとお過ごしくださいね!

徒然さん
  最後にメールまで頂きご心配をお掛けし申し訳ありませんでした。
  間も無くお腹のお子さんの性別も判明しますね。
  持病のことを気にかけられていましたが、もう大丈夫ですよ。
  なにせコウセイ君を元気に生み育てているのですもの!
  私などに頼らなくともきっと上手く乗り越えられます。
  それに今は徒然さんをサポートして下さるブログ仲間も一杯です。
  皆さんに不快感やご迷惑をお掛けする私は
  静かに消えゆくだけしか出来ませんが
  無事のご出産をいつもお祈りして、応援しています。
  いつの日かお会いして「ねね」へご一緒したかったですね。。。

sacchinさん
  ツインズのご懐妊、そして順調な経過をお過ごしですね。
  おめでとうございます。
  双子と言うだけでお腹の中にいるうちからお母さんは大変でしょうが
  あと二十年もすれば、今の何倍もの喜びに満ち溢れるはずですよ。
  この間の入院中も順調に反応されてくれた
  お母さん思いの気遣いの出来る!?お子さんたちですもの。
  ご出産までもう暫く大変でしょうが、
  二十年後・三十年後の喜びを楽しみに故郷の温もりと
  ご家族の笑顔に包まれてゆっくりとお過ごし下さいね。

ばーびーちゃん
  もうすぐKR君も医療界デビューですね!
  学生時代からのご苦労や、母としての強さなどメールを頂いた時は
  私はばーびーちゃんのような子供に対し本物の母親になれるのか
  かなり真剣に不安でいっぱいになりましたよ。
  それは今も変わらず不安なままなのですが、
  それ以前に嫁にいけるかの方が当面の心配事に。。
  それとも望まれるうちに年内に苗字を変えようかと思ったり。。。
  今までもばーびーちゃんのユーモアに励まされ
  何度となく笑顔を取り戻せたことか。。。
  いつもいつも本当にありがとうごございました。

大野さん
  いつも故郷の風景描写に、
  海育ちの私は羨ましく拝読させて頂きました。
  そしてお父様の教えも未だに私の胸に刻まれています。
  素敵なご家族ですね!
  どうかいつまでもその優しさと深い思いやりを大切に
  素敵な日々をお過ごし下さいね。
  本当にありがとうございました。

toshiyanさん
  多趣味なtoshiyanさんが今嵌ってらっしゃるのは
  パラグライダーですね。
  風に左右されることも多いでしょうが、
  風をコントロールできた時は壮快でしょうね。
  自然を愛し楽しみながらどうぞご健康に留意されて
  楽しい日々をお過ごしくださいね。

ママさん看護師さん
  いつも先輩CNSとして有意義なアドバイスを頂き感謝しています。
  教えを守れず医療界を去ろうかと思う気持ちも日々増す今では
  「だからブログなんかやめとけばよかったのに」と
  言われそうですね。
  でも何度も聞かされたその決まり文句の裏側に
  今でも私はここで得たものも大きかったと思っています。
  もう少しいろいろ考えてみようかと思います。

チャーミンさん
  大学院への受験勉強は捗っていますか?
  以前ならいつでも分からないことは聞きに来てねと言えたけど
  これからは看護師として自分で道を開かないといけなくなりますね。
  良い先輩方が一杯ですからドンドン積極的に聞きに行って
  問題は溜めずに解決してくださいね。
  役に立たないCNは消えるだけです。。。

あいさん
  繰り返す入院と長引く通院生活の中で
  私は結局何もお役にたてなかったですね。
  治療と向き合う方をサポートする資格は私には無いかも知れないと  
  この所の皆さんのコメントなど読んで感じています。
  最初に入院された夜、「眠れない」と不安になられた事を
  覚えていますか?朝までベットサイドにご一緒させて頂きましたね。
  お子さんの事ご主人の事、色々お話し下さいましたね。
  明け方になって病気への不安や恐怖を初めて吐露され
  病気は一人では乗り切れないから一緒に不安を掻き消そうと
  約束した時に、やっと笑顔を取り戻して下さいましたね。
  大丈夫、私のような無力な人間は消えても
  あいさんの周りには有能なスタッフが一杯ですよ。
  必ず打ち勝てると信じて病気と向き合って下さいね。
  ちょっと離れてしまうけれど私も応援していますよ、お大事に!



こうして書いてみるとこれほど多くの常連の方々に励まされて
私は本当に幸せ者でした。
ありがとうございました。

皆様から頂いたコメントに本当に感謝しています。
誤解やすれ違いは本意ではないのですが
コメントの管理も満足にできずに
結果的に不快感を与えることになったのも私の責任です。
本当に申し訳ありませんでした。

どうぞ皆さん素敵な日々をお過ごしくださいね!
ありがとうございました。

いつまでも、お元気で。。。













nasubi83 at 04:24|PermalinkComments(21)TrackBack(0)

2009年10月01日

お薬は応援団! トレッキング、諦めないで!

先日までICUで治療を受けられていた患者さんが
昼前にヒョッコリと私たちの所へお顔を見せて下さいました。

経過が安定していたので数日前に一般病棟へ転棟され
そちらで継続治療を受けられていた60代の患者さん。
一般病棟でも経過良好で、本日めでたく退院になりました!
その後挨拶にこちらへもお顔を見せてくださったそうです。


この患者さんが搬送されて来たのは
高速道路のSA駐車場からでした。

定年を機にそれまでの憧れだったと言う
黒部?槍ヶ岳と言った北アルプス(?)の高山を縦走。
その帰り道での体調不良。
同行したご友人に運転を変わってもらい
何とか帰宅途中のSA迄来た所で状態が悪化し
売店の店員さんを通じての救急要請でした。

同年代のご友人と二人での縦走だったそうで
持病も有る事から日程にもゆとりを持たれた
スケジュールだったそうですが
3000メートル級の高山を縦走された後
温泉で数日の湯治を兼ねて休またのがもしかしたら
逆効果になってしまったかも知れませんでした。。。

元々動脈硬化などを指摘されていたそうですが
退職前は気にも留めたことが無かったそうで
趣味のトレッキングも日帰りを中心に
良く出かけられていたそうです。

だから体力的にも自身があり
時間の出来たこの時期に念願の槍ヶ岳縦走を決行。


でも身体の中では徐々に動脈硬化なども進行し
血管内のプラークがこの山行と温泉の負荷で
ついに心筋で梗塞を起こしてしまったようです。

幸いSAがこちらへ向かう方向だったことや
バイパス高速が数年前に出来ていた事なども手伝って
搬送までの時間もそれほど掛からず事なきを得ました!

救急隊員さんが言うには、もうひとつ先のSA迄行っていたら
ICやJCTを過ぎちゃうのでこちらへ搬送できず
もっと搬送時間が掛かったかもしれないと・・・。


治療そのものは直ぐに安定されて安心したのですが
意識を回復されてからは、念願の山行が台無しになり
友人などに迷惑を掛けたと嘆かれる日々。。

本当は一番楽しみにしていた山でのご来光も
あいにくの曇天(ガス曇り)で見られなかったので
もう一度登る心算でいたのに
諦めるしかないかと肩を落とされ。。


確かに現状では今回のように何日も掛けての縦走や
高山から降りて直ぐに高温の温泉三昧では
心臓に負担もかかりますし難しいでしょう。。

でもこれから体力を回復され、ご自身にあった服薬などと
うまくお付き合いされていけば、そんなに遠くない日に
再度のチャレンジは可能でしょう。

どうしても見たかったと残念がられたご来光ですが
このブログへコメントを下さるtoshiyanさんが
快くご自身の山行でのご来光写真をお貸し頂けるとの事
早速拝借して患者さんの枕もとのモニターへ映し出し
その方もお薬とうまくお付き合いされながら
トレッキングを楽しまれてらっしゃることなどお話し
僅かの時間でしたが私と一緒にご来光を拝ませて頂きました。

その時は

 「いい写真だねぇ、こんな光景を見たいんだよな」

それだけ口にされただけでしたが、今日は

 「あの写真を見て、自分も薬とうまく付き合えば
   もう一度トレッキング出来るんだと勇気付けられたよ」

そう笑顔で仰られていました。

薬を飲むと本当に病気みたいで何も出来なくなる気がする。
最初はそう言った患者さんでしたが
うまく付き合えば、強力な応援団になることを悟ってくださり
また気力が沸かれたようでした。

これでメンタルの回復も早まるでしょう!
後は無理だけされないようにご注意されて
趣味を思いっきり楽しまれる事が一番の回復の源でしょう!!

退院されていかれる患者さんが
こうしてICUへご挨拶を下さるのは稀ですが
本当に嬉しい気持ちにさせていただきました。
やはり退院って素敵なものですね!

末筆ですが、お写真の拝借を快諾頂きましたtoshiyanさんに
心より感謝いたします。
ありがとうございました。


追記

サモア、スマトラと続いた巨大地震による被害で
中国に続いて再度災害救助活動に
派遣される可能性が出てきました。
(派遣可能か否かの打診がありました)
既に1次隊は今夜出発します。

まだ詳細は決まっていませんが
要請が入ればシフト変更など病院の許可の元、
即任地に就くと思います。
その際はお知らせする時間的余裕もなく
ブログ更新が途絶える事になるかも知れません。












at 19:37|PermalinkComments(8)TrackBack(0)

2009年03月22日

なごり雪を待ち望みながら。。

汽車を待つ君の横で僕は
時計を気にしてる
季節外れの雪が降ってる♪

この歌詞に深い思い入れを持った患者さん。
50代男性、急性心筋梗塞。

一人暮らしのご自宅で胸の痛みを訴え
ご自身で119要請、電話口では住所を伝えるのがヤットで
救急隊が現着した時には既に応答できる状態ではなく
アパートの隣人が管理人さんに連絡して、
玄関の鍵を外から開けての救出だったそうです。

搬送時心配停止のDOA状態。
蘇生から初療へと一気にスタッフが群がるように
患者さんの回復へと勤めました。

そして心拍も再開、呼吸も安定に戻り一息。
そのまま経過観察のため入院する事になるのですが。。。

管理人さんからの知らせを受けたご兄弟が
こちらに駆け込んで来て少しお話が出来ました。


患者さんは数年前に奥様を亡くされ
今は一人で暮らすサラリーマン。
お子さんもいらっしゃらなかったという事で
パートナーロスシンドロームのように
その落ち込みようは痛々しいほどだったようです。


奥様が亡くなったのが春を迎えた後の寒い雪の日。
元々高血圧の持病があったそうで
寒暖の急激な変化に体調を崩し朝方トイレに立ったまま
そこで倒れられたそうでした。
脳動脈瘤破裂で病院に搬送された時には
既に手の施しようがなかったそうです。

それ以来塞ぎがちになり、
周囲にも早く奥様の元へ行きたいと洩らす程だったそうです。

そして自分もなごり雪の降る頃に
奥様が旅立った汽車に乗って、もう一度彼の地で再会したい
その時が早く来て欲しいと弟さんにも話していたそうです。
そして時折あの名曲を口ずさんでいたという事です。


今年の冬は暖冬でこちらでも既に桜が咲きました。
来週から又少し寒の戻りが有るようですが
それでも季節は間違いなく春へと向かっています。

この患者さんがメンタルでも元気になられるまでは
「なごり雪」は降らないで欲しいと祈るばかりです。











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2009年02月13日

大和撫子

数日前に他病院から搬送された90代女性。

搬送当初は呼吸も荒く、
ここ数日で山場を迎える可能性が高く
その旨ご家族にもご説明していた患者さんです。

ご本人の希望もあって呼吸器は付けづに対応しましたが
その後処置が功を奏し、危機を脱した訳ではありませんが
マスク越しに僅かながらも
ご自身で声を出す事が出来るまでになりました。

90代とは言え確りした意思をお持ちの方で
ベットサイドのご家族にも、ゆっくりとでもシッカリと
ご自身の身の回りのことや病院の支払いの事など
まるで指示されるかのように話されていました。

搬送元の病院へ入院されるまで
90歳を随分過ぎてもお一人暮らしをされていて
同居を勧めるご家族のお声にも肯く事は無かったそうです。


皆さんのお見舞いが一通り終わり
一旦帰宅された後、モニターを確認に行った私に・・・

「私はここで死ぬのかな?」

「死んだら一つお願いがあるんだけれど
 先生(Dr.)には言えないからあなたに言っとくよ」

「私が死んだらね、直ぐに足を縛ってくれないか」

「ここを(動かない指を僅かに太ももに向け)ギュッとね」


寝巻きで足が乱れることを気にされて・・・・
そんな事まで心配されたこの患者さんに
同じ女性として尊敬の念を禁じえませんでした。

確かに担当医は男性ですし、それも気にされたのでしょう。


もう少しで白寿なんですから
そんな心配されないで元気になるよう一緒に頑張りましょうね

自然と手を握ってそんな声をかけていました。。。







at 15:02|PermalinkComments(8)TrackBack(0)

2008年11月15日

ペットの力も及ばず。。。

先日記事にした脳出血の患者さん。
今朝方、間も無く空も白み始めるだろうと言うころ
ペットのワンコの面会の力も及ばず、
お独りで旅立たれていかれました。

当初より術中死さえ懸念された患者さんでしたが
搬送時の重篤な状態も一山乗越える事が出来たのに。。。

昨夜私が勤務に就く前に、既にレベルダウンされ始めていて
ご家族も駆けつけていらっしゃいました。

準夜帯のスタッフから引継ぎを受け
他の急患の搬送受入をこなしながらも
何度となくベットサイドについて手を握ってみたのですが・・・

主治医も 「後はご家族の時間を優先させてあげて」 と
残された時間を私たちが無駄にしないよう心がけました。

私が 「今のうちに何かしてあげたい事はないですか?」 と
お声を掛けたところ、
「お風呂好きだったから、もう一度入りたいだろうな」って
遠方から駆けつけた息子さんが仰られたので
皆さんでお身体を拭いてあげてはどうでしょうかと
お湯で絞ったタオルを数枚用意し娘さんに渡しました。

点滴類が幾つも着いていて、自分たちだけでは拭けないと
仰られたので私もご一緒させていただき
影響の出ないような拭き方をお教えしました。

娘さん・息子さん、そしてお孫さんが一通り
患者さんの身体を綺麗にタオル浴し終えた頃
モニターも何度かフラットを示すようになり
やがて皆さんに見守られ、
そして胸に愛犬の写真を抱いて旅立たれていかれました。


こう言う状況で助けられなかった患者さんのご家族は
多くの場合、憔悴して呆然とされたり
ご自宅へお連れする手配に追われ、
挨拶も疎かにICUを後にされます。

長く入院されていると余計に一刻でも早く病院から出たいと
そう思われるのも十分理解できます。

なのにこの患者さんのご家族は
私たちが患者さんから点滴やモニター類を外す間も
涙顔に笑顔を作って、Dr.や私達看護師一人ひとりに
最後のご挨拶をくださいました。

助けられなかったのに・・・

 「ありがとう」

そう仰ってくださいました。



ペットも家族の一員のようになって久しいですものね。
ご家族との面会をする事と同じように
ペットとも面会もしたかったでしょう。

その機会を得る事が出来たのはせめてもの救いでしたが
医学ではどうしようもない、手の施しようの無い時にも
目に見えない力を最愛のご家族から頂けるかも知れない。。。

これからもそう信じてケアに当って行くだけですね。






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2008年11月11日

ペットも家族だから

ペットと一緒に暮らされてる方も多くなりましたね。
私も今年からランディとの生活を始めて
仕事の疲れを癒される最愛の同棲相手になっています。


先日、他病院に入院中の患者さんが急変され
こちらへ転院搬送されて来られました。

70代女性、当初の入院病名は骨粗鬆症による大腿骨骨折。
高血圧症も持病として持っていたようです。

入院前は一人暮らし、
少し離れた所に娘さんご夫婦が住んでいられるとかで
脚の痛みを訴えられた際も、御家族が病院まで
自家用車で連れて来られたようでした。

ただそれまで一人暮らしを支えてこられた相棒が
ペットのワンコだったそうです。

当初の病院での入院が長引きそうだと言う事で
娘さんがワンコを引き取り面倒を見てこられたそうですが。。。

入院後高血圧症も悪化して、
先日トイレへ立った際に脳出血を発症、
その病院からの救急要請でこちらへ搬送されました。

出血は抑えられたのですが状況は可也厳しく
ご家族にもその旨を説明させていただきました。

その時娘さんが、
「ペットも面会させられないか?」と問い合わされました。

普通に考えれば可也難しい事は間違いないのですが

「最近急に夜泣きするようになったり、
 母も会いたがっているに違いないから・・・」と

Dr.やセンター長とも相談したのですが
その方法に問題が残り、判断は院長に委ねる事になり
現場では面会方法を思案していました。

最終的に患者さんをICUの通路側の窓際へ全ての装置を含め
ストレッチャーごと移動させる事で、短時間なら窓越しに
愛犬との対面が可能ではないかとシュミレーション。

ワンコはクレートにカバーを掛け、
職員用の通路から直接ICUの廊下へ入ってもらう事とし
その時間(数分)だけは、他の患者さんへの面会も控えてもらい
通路を遮断する事にすれば、他への感染リスクも抑えられる
ただし勿論の事ですが、急患の受入があった場合は
そちらを優先させて頂く事でご家族にも了承してもらい
Dr.一人・看護師2人・サポート技師1人が張り付くことで
数分の面会の許可を院長もくださいました。

そして今日、午後に数分間ですが
ワンちゃんをクレートに、娘さんが事務スタッフと一緒に
職員出入り口から入っていただき、私たちは患者さんを
ベットと輸液ポンプやモニターなどの全ての装置ごと
ゆっくりと窓際へ移動させて、ほんの数分だけど
久しぶりの愛犬との再会を楽しんでもらえました。

窓越しに愛犬のお顔をクレートの柵越しながらも久しぶりに見られ
少しでも元気を出されてくだされば良いのですけれど。。。


帰宅された娘さんがお礼の電話を下さったのですが
ワンコは帰りの車で「涙を流していたようだった」と
「この子もこれがババと会える最期になると感じたのかも」
そう仰られた時は辛い思いでした。


今回は院長決済まで頂き、Dr.や看護師・技師のみならず
ワンコを連れて通った廊下を(直接廊下を歩いた訳ではないですが)、
他の患者さんが通る前に、面会の終了まで待機してくれていた
清掃スタッフの方が直ぐさま除菌・清掃してくださるなど
大掛かりな面会になりましたが。。。。

患者さんが回復するのなら、色々な角度からサポートするけど
やはり手の打ちようが無くなるのは辛いです。







at 21:03|PermalinkComments(4)TrackBack(0)

2008年10月21日

バレンタインから結婚式まで・・・

大安の日曜日
結婚式シーズン真っ只中のこの日に、私も式を挙げました。。。

と、御報告したいところですが
メインキャストは勿論私ではなく、ここでも以前御紹介した
元患者さんとその婚約者の彼女の式にお呼ばれしてきました。

最初の出会いは去年のバレンタインの夜でした。
その日のブログにこう紹介させていただいてから
これ程早く、そして私が関わるとは
当時は思いもつかずにいましたが。。。


初めて彼女に出会った日のブログ

ホワイトディに結婚決意の報告を受けたブログ

そして彼女が初めてミニスカートに挑戦した日のブログ

大胆な意識変化で水着を買ってプールへ行った日のブログ


そんな彼女の意識を前向きにサポートされて来られた
新郎の心の広さをこの式で垣間見れた気がします。


救命の看護師が患者さんとの関わりを永く持つ事は
基本的には余りないのです。

大抵の場合、救急車で生死の分かれ目を彷徨いながら
病院へ運ばれ、医師や看護師などのスタッフの顔や名前など
覚える余裕もなくすぐさま処置に入るのが一般的ですし
御家族の方も患者さんの容態が心配ですから、
処置後に病状説明してお話しをしていても、
次回面会時にご挨拶しても、覚えてらっしゃらない方も多いです。


そして容態が安定すれば、各専門病棟に転科されていきます。
勿論私たちはそれが一番嬉しい事ですけれど
その頃から患者さんも御家族も心にゆとりが持てるようになり、
スタッフの顔や名前なども覚えてくれます。

だから転科先の病棟スタッフは患者さんとのお付合いが続く事は
有るように聞いています。

なのにこの新婦さんは、年齢的には私より少し上の方ですが
最初に出会ったバレンタインの夜の印象が強かったのか
結婚式にまで私を呼んで下さいました。

新郎のお仕事中の怪我は大きなハプニングでしたが
彼女の生き方さえ変えさせる素敵なきっかけになった事だけは
間違いない出来事だったようです。

結婚式の御挨拶でマイクを握らされた時には
怪我のことや病院での事など、余り場をわきまえない言葉は
控えようと言葉を選んでいたのですが、新郎の御両親から
是非あのバレンタインの夜の彼女の悲壮なまでの思いを
披露宴に出席した皆さんに伝えて欲しいとのリクエストもあり
自分が看護師である事や、初めての出会いが救命時だった事
その夜の彼女の思い、そして意識の改革。

ミニスカートやプールへのトライなど
彼女の心の強さを拙い私の言葉で御紹介させていただきました。


きっとこれからもお二人の絆の強さは変わらないでしょう。
出産にもリスクの伴う彼女ですけれど
全てを含めて乗り越えていかれる新婚のお二人に見えました。



何度結婚式に出ても感動するものですねぇ。。。
でもソロソロ私の式を構想に入れたいのですけれど・・・

まだ先かなぁ。。。。













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2008年09月22日

子供たちに送られ、そして残したもの

子供たちに囲まれて、お母さんが旅立っていかれました。。。
まだ30代半ば、お子さんたちも小学3年生・1年生・幼稚園年長さん

搬送時既に心肺停止状態。
倒れてから発見されるまで、どのくらいの時間が過ぎていたのか・・
3年生のお姉ちゃんが塾から帰って来るまで
お母さんは台所の床に倒れ、一人の時間を送られたようでした。

救急車で一緒に駆けつけてくれたお隣の方が言うには
朝の食器がシンクにあり、水道が出っ放しだったそうなので
朝食の後片付けの最中だったのでしょうか!?
お子さんが帰宅したお昼過ぎまで、誰にも気付かれずに。。

それでも救急隊員が駆けつけた時には
まだ微弱ながらも脈が触れ、直ぐ搬送されたのですが移送中にDOAに移行。
脳出血による脳ヘルニアが確認され、手の施しようのないほど。。。

まだこちらの声は聞こえてらっしゃる事を
お子さんや付き添いの方にお話し、出掛けていた御主人と
他のお子さんの到着を待ち、お別れの時間を持って頂きました。

小さなお子さんは何が起こっているのか理解もされてない様子で
ベットに横たわるお母さんに「早く起きてよ!」とふさぎ
小学生のお子さんたちは大きな声で涙されていました。


余りにも突然で、現実を受け止められないなかで
泣き叫びながらもお母さんを励まして涙を流していました。

一杯涙を流したお顔で、お父さんや私に泣きついてきた姿を見ていると
やはり医療の無力を感じてしまいます。


お父さんが奥様を眺めながら
「子供たちに何もしてやらないまま一人で行っちゃいやがって。。」
そう呟くように泣き崩れられました。

でも奥様は、何もしてやれなかった訳ではないのですよ。。。

この処置室のカーテンの中で涙したお子さんたちの心の中には
きっとお母さんの優しい思い出や、人を思う思いやりの気持ちが
しっかりと植えついて残っていくと思いますから。。。

一杯泣いた、その分だけ
心の中のお母さんと、そして他人への思いやりと、
優しい気持ちが残ったはずですから。。。




精神的にチョッと辛い勤務が続いてしまいました。










at 12:35|PermalinkComments(6)TrackBack(0)

2008年09月17日

励ましも届かず。。

小学4年生の男の子の転院搬送が有りました。
夏休みに自転車に乗っていて、自宅近くの路上でトラックと接触。
当初搬送された病院での処置のあとも意識のないまま
入院を続けていましたが、様態が急変してこちらへ移られました。

救命のHCUにて処置とケアを続け始めたのが
新学期が始まって間も無くの頃でした。

学校が始まると担任の先生や、同級生の父兄の方などのお見舞いも続き
何度か回復に向かいかけた事もあったのですが・・・。

事故当日一緒に遊ぶ約束をしていたと言うお子さんが
お母さんと一緒にお見舞いに受付まで来られましたが
お子様の面会には制限があって、結局お会いする事は出来ませんでした。

そんな事もあって、今週に入ってからは同級生の皆さんで折ったという
千羽鶴を持って担任の先生がお見舞いに来られ
意識の回復に役立つかもと、同級生の声を録音したCDを
耳元で流したりして、クラス皆さんで回復の応援をしていただきました。

そのCDを最初に流した時に、脳圧が安定値に戻ったんですよ!
その先生とお母さんと一緒になって、私も「お友達のお陰ですね」と
笑顔になれたのですが、それも一瞬の事でしか有りませんでした。



事故から一度も意識を取り戻す事無く、
同級生の皆に励まされるも面会も叶わず。。。

もう一度、お母さんに抱きしめられたかったでしょう。
お父さんとお話もしたかったでしょう。
新学期には学校へ行ってお友達と一緒に思いっきり遊びたかったでしょう。

そうさせて上げられなかった事許してね。


入院が長いとご家族ともお話しする機会が多くなり
ご両親のお気持ちも肌で感じられるようになります。
お父さん・お母さん、担任の先生やお友達の応援も毎日届き
私達スタッフも回復へのお手伝いを一緒に頑張ってきたけれど・・・

力不足でごめんなさい。


やはりお子さんを見送るのは、本当に辛いです。。。










at 14:51|PermalinkComments(8)TrackBack(0)

2008年08月26日

旅立ちの時に。。。

50代女性・脳出血での搬送でした。
ホットラインから入る情報だけで、その重篤さが伝わってきます。
恐らく発症し倒れてから発見されるまでに時間が有ったのでしょう。
すでに脳へのダメージも大きく、「発見さえ早ければ」と
悔やまれてしまいました。

これはチョッと難しいかも・・・
そんな空気が流れながらも、救急隊から引継ぎを受けます。
処置室へ移し懸命の処置を施してもバイタルは改善する事無く
最期の時を付き添われた御家族とのお別れの時間に
費やして頂くだけになってしまいました。

救急車で付き添われた20代のお嬢さんにその旨を御説明し
残された時間の中で、会わせたい御家族などに駆けつけて頂くよう
連絡される事をお勧めしたのですが。。。

気が動転されていらっしゃるお嬢さんは事態を受け止められず
自分の知らないうちに行かせて欲しいと泣き崩れました。

患者さんの御主人や身内の方への連絡をお願いしても
現実逃避されてしまった状態から脱却できず
大声で泣き続けるばかりです。


私より大柄なお嬢さんを抱きかかえながら

最期の旅立ちの時には、そばにいて見送ってあげて下さい。
「見ているのが辛いから」とか「私のいない所でいかせてあげて」なんて
言って欲しくないのですよ。

あなたがそばにいてくれるだけで、お母さんはどんなに辛い事でも
安らかに受け入れられるはずですから。

お母さんがあなたを愛していることを忘れないためにも
今の時間を大事にしてください。
あなた以外にもお母さんに会われたいと思う方がいれば
私が代わりに電話しますから、連絡先を教えてください。。。

そうお話しているうちに、徐々にでしたがお嬢さんも落ち着かれ
御主人の勤務先や息子さん(弟さん)の
携帯電話を教えて下さいました。


突然のお別れ。。。
朝方いつものように出勤された御主人が元気な奥様のお顔を見たのは
そのときが最後になってしまったようでした。

息子さんがバイト先から駆けつけた時にはまだあった反応も
御主人が来られるころには薄れてしまい・・・。

それでも御家族に見守られての旅立ちでした。

家族が傍にいるのにお一人で旅立たれるなんて・・・
そんな事にならなかっただけでも
唯一の救いだったのかも知れません。

人はパニックに陥ると、その場から逃げたい衝動から
無意識に現実逃避をする事があります。
このお嬢さんもそうだったのでしょう。。。

ただあのままお母さんを一人で行かせてしまうのでは
お母さんもその辛さ・悔いを残してしまうでしょう。

私の電話で駆けつけてくださった御家族は
やはりこの患者さんの家族愛に包まれていたのでしょう。

旅立ちの時は誰しもにいずれ訪れます。
その時に一人で行く事ほど辛い事も無いでしょう。
だからこそ、見送る側の者は逃げてはいけない。
チャンと見送ってあげる事が、愛情をお返しする術に感じます。

私もいずれ旅立つのですから。。。。











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