ボランティア

2011年02月08日

我が街へ

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戻りました!

と言うのもおこがましいほどですが、
先日なんとか無事に帰国しました。

現地離任からコレラの潜伏期間を経由地のパリで軟禁状態で過ごし
発症の兆候が無いのでやっとの思いで帰国できました。

ちょっと予定より長い任務になりましたが
現地では被災者の方々と伴にクリスマスを祝う事もできましたし
赤道直下の炎天下での年越しも毎日の業務の流れのままに
キャンプの診療所内で迎えました。
元旦の業務終了後の夕食時にドイツ人Dr.がボソッと一言
「ハピーニューイヤー」と言ったので、今日から新年なんだぁと
気付く程度のお正月だったのですけれど・・・・。

当然のごとくキャンプ内では年越しも新春気分もなく
当たり前のように毎日運ばれてくる患者さんの治療を繰り返し
感染拡大を抑えるため被災者への衛生認識の普及や
水・食べ物の管理や調理法などの広報に幾つかのキャンプを回り
治療の必要の有る患者さんを診療所へ運んだり
必要物資のリストを作成し、国連&現地政府への支援要請や
現状報告などの日々を過ごしてきました。

ただ私が活動したひと月余りの間でも、コレラの感染拡大は拡がり
特に地方都市やスラム化した低所得者層の居住区では
未だにインフラ整備も復旧の見通しも無く、
汚水を口にするしかない、そんな環境を強いられる被災者も多く
無政府状態の行政に期待する国民も少なく
国全体に覇気が見られ無い状態でした。

折角地震そのものの被害は軽症などで助かった人が
一年が過ぎようとする時期にコレラなどの感染症で命を落とす
そんな悲劇が目の前で繰り返されていると言うのに・・・

日々の治療行為のほか、ローテーションで各地の難民キャンプを回り
手洗い用の無水石鹸を配給しながら
使い方や衛生管理の重要性を説明し、
生水は煮沸する事で危険が低減する事、特にお年寄りや乳幼児、
それに妊婦さんなどには体調がおかしいと感じたら
直ぐに診療所へ来るよう説明する日々で
少しでもコレラの感染拡大を防ぎ、
そして患者さんの早期治療を促す努力はしてきたのですが、
無勢に多勢と言う感じで中々追いつかず
又いくつかのキャンプでは暴徒による投石や略奪にもあい
別のボランティア団体では犯罪に巻き込まれた女性スタッフもいて
一時そのエリアへの支援介入を見合わせる事態にもなるなど
今後の見通しを見出せないうちに離任する事が悔しい思いでした。

2月中旬には大学での補講や進級会議などの業務が入り
学会論文の査読にも追われてしまい、
病院からも期間延長は不可と呼戻し令も届いたため、
後ろ髪を惹かれる思いで帰国しました。

現地政府は新大統領を選出する決戦投票が長引き
政府機関が機能していない状態が続き
震災当初に復興支援を受けた一部の都市と、
未だに復旧の見通しもたたない地方の格差は拡がるばかりで
元々有った所得格差は鮮明化し、技能や資産の有る方々は
仕事や安全を求め海外へ出て行ってしまい
被災地に残されるのは弱者と呼ばれる方々ばかりに・・・。

もう少し早く自分達の国の為に、政府や行政が動けると
こう言った人々も安心して暮らせる日々が訪れるのでしょうけれど。。

このまま海外支援に頼りきっていては、
自立復興の意欲は萎え、技術力の海外流出はとめどなく続き、
益々国家再興は遠のいてしまいます。

そんな気がした二度目のハイチ支援でした。。。

取敢えず、今日は帰国報告までと思ったのに
チョッと長い文章になってしまいました。

現地での連日30℃超の気温から、氷点下のパリでの日々
そしてこの乾燥と寒風の日本へと
少し疲れた身体にはシンドイですが
それでもランディ共々元気でいますので、
コメントにてご心配くださった皆様へは本当に感謝の気持ちと伴に
無事帰国のご報告をさせてくださいませ。

疲れて帰国した際に、皆さんのコメントを拝読させて頂き
心の温たまる、そんな優しい気持ちにさせていただきました。

本当にありがとうございました。

もう少し落ち着いたら、皆様へのブログへもお邪魔したいと思います。
又現地でのことなども含めこちらも更新していきたいと思っています。

その際には、
またお時間のあるときにでもお付き合い頂けましたら幸いです。

                      なすび









nasubi83 at 12:11|PermalinkComments(16)TrackBack(0)

2010年12月22日

蔓延の地へ

間もなくクリスマス!
例年のように病院でもロビーなどは
既に小児病棟の患者さんをメインにボランティアスタッフや
お見舞いに来られた方々にも手伝っていただき
綺麗に飾りつけが為されています。

シンボルツリーも電飾が取り付けられ
患者さんやスタッフの目を楽しませてくれていますよ。

今年も私は小児科の仲良し看護師さんたちと一緒に
パーティの企画や準備などに先月から追われています。

それでも小さな患者さんたちにとって
否応無しに病院で迎えなければならないクリスマスを
少しでも楽しんでもらえるようにと思いながら
一緒に折り紙を折ったり、ロビーやホールをデコレーションしたり
お子さん達の年齢に合わせた意見を取り入れて
病状に影響しない範囲でなるべく一緒に準備してきました。

イヴの夜はボランティアの方々がフォルクローレや
カリンバ(親指でピンをはじき音階を奏でる楽器)の
演奏などしてくださる予定ですし、
私達から患者さんへのチョッとしたプレゼントも用意しています。

勿論例年行われるキャンドルサービスもあり
私は今年もサンタクロースの衣装を着せられるのだろうと
ダイエットの準備をしていたところでした。。。(^^;)

ですが、先月に入って所属しているボランティ団体から
ハイチでの医療従事者が不足しているので
今年二度目の派遣を受けてくれないかとの打診が・・・

年初の震災時には救出間もない患者さんの救命治療に
雪国の診療所からそのまま赤道直下へ駆けつけましたが
一年を過ぎようとしている今、現地の衛生状態の悪化と
医療活動や復興活動を行う海外援助者への
流言飛語なども相まって敵視され一部ボランティア団体は撤退し
特に北部地域では国連からの支援団体が行う通常業務ですら
侭ならない事態に陥っているようです。

市内は私たちの搬送チームの救急車が走る際は
デモ隊なども道を空けてくれるようですし
国営ラヂオでも救急搬送を優先させるよう市民へ呼びかけて
デモや混乱時でも搬送は行えていると言われています。
その分キャパを超える患者さんが運び込まれ
既に撤退した支援団体の医療チームが賄う分を
カバーする必要から診療体制がパンク寸前のようです。

そんな中、現地での医療行為が遅れる事だけは避けたいとの事で
世界中の派遣可能なスタッフに声をかけていたそうでした。

12月中旬まで私は大学での講義が残っていたので
どうしても直ぐに現地に就くわけには行かず
講義を終えるクリスマス前から年末年始にかけてなら
病院も大学も派遣受諾して宜しいとの許可が得られ
今年二度目のハイチ派遣に就く事になりました。

昨年もクリスマス直前で東北の診療所へ派遣されたので
病院でのクリスマスパーティは準備だけで参加できず
今年こそはと楽しみにしていたのですが
現地では病院にもいけない状況のお子さんも多いでしょうし
クリスチャンの多い国なのに、クリスマスを祝えず
その日を生きるのに必死な環境なのですから
私に出来る事ならお手伝いに出掛るのを苦にしてはいけませんね。

クリスマスの準備や当日のパーティ進行などの手配を友人に託し
私はクリスマス休暇から年明けまで現地の人と一緒に
医療活動に従事してきます。

コレラや赤痢など感染症も蔓延し、
その原因が海外から来た国連関係者や私達医療スタッフだと
現地の人々からは思われているとの事で治安は前回以上に悪化!
海外医療スタッフの中にも犯罪に巻き込まれるケースが発生し
女性スタッフの派遣を見合わせる団体も出ているようですが
うちの団体ではまだそこまで規制されて無いようですし
警備隊が巡視する診療所内での救援活動がメインと言う事なので
出来るだけのことはして来るつもりと母にも理解してもらいました。


キャンプ地では衛生体制の不備から感染や暴動等の恐怖もあり
医療支援に専念できるか不安も残りますが
予防接種の関係などから、現時点で直ぐに派遣できるスタッフが
それほど多く存在しているわけでもないので
微力ながらもう一度現地へ行ってこようと思います。

そんな訳ですので、ブログの更新は帰国後までお休みとなります。
また帰国したら現地での事など更新できると良いなぁと
思っていますので、その時は又お付き合いくだされば幸いです。
本年も本当にお世話になりましたこと感謝しています。

そして、どうぞ皆さん良いお年をお迎えください!


                                なすび












nasubi83 at 13:16|PermalinkComments(25)TrackBack(0)

2010年04月15日

待機中!

皆様からたくさんのご心配とご声援を頂き
私は本当に幸せな看護師だと思います。

私などが緊急支援に被災地へ派遣されても
救命に携わるには微力でしかないのですが
それでも一人でも多くの命の救命につながれば
その患者さんを心配するご家族・お知り合いの方たちへも
安堵の気持ちを与えられるのではないかと信じて
何度かの派遣先では任務に当たっていました。

今回も所属するNPO法人などから、
地震発生間もなく、被災規模から緊急支援体制に
取掛かるとの連絡が入りました。

ただし、前回の四川大地震の時と同様
中国へは政府の緊急支援医療チームのような公的団体でも
入国ビザが必要になります。
ビザの取得そのものはどの国でも必要なのですが
中国に関しては、海外への要請が非常に慎重なお国柄も有り
現在でも日本への支援要請は入っておりません。

四川地震の際も派遣までに時間の掛かった事は
記憶に新しいですしね。

ですから今回もビザ発給までには時間掛かりそうで
事によると緊急医療支援そのものが行われないかも知れません。

日本政府からの打診にも、現状で支援の必要は無いとの回答。
これは日本に限った事ではないようですが
発生場所が自治区内と言うナーバスな地域でもあり
自国の救助団体が可也な規模での救援に当たっていることを
理由に海外への支援を仰がないようです。

既に国内での報道規制も厳しくなっているようですので
日本政府も状況を見極め、現地からの要請が有れば
直ちに支援体制を取る事となっています。

ただ私たちにはその要請時期が、救命可能な時期なのか
それ以降の復興に携わる時期なのか分かりません。

救命のタイムリミットは刻々と迫っていますので
もしかしたら今回の日本からの救命支援は無いかもしれません。

とは言え、こうしてブログ更新しているうちにも
いつ呼び出し連絡が入るかわかりませんので
取敢えずご心配頂いた皆さんへ現状報告までさせて頂きますね。

尚、本当に申し訳ないのですが
コメントくださった皆さんのブログへは
落ち着きましたらゆっくりと訪問させて頂きたいと思います。
本当に申し訳ありません。

又、緊急に派遣されるようになりましたら
暫く更新が出来ませんが、戻りましたら又再開しますので
どうぞご心配なさらないでくださいませ。

微力な私ですが派遣されれば、被災者の方の為に
出来うる限りの救命活動に徹したいと思っています。

取り急ぎ、待機中である事の現状報告まで!









nasubi83 at 17:18|PermalinkComments(8)TrackBack(0)

2010年03月29日

平和の重み・ありがたさ。。。桜が綺麗ですね

ブログに何も記す時間もなく、地震発生から数時間で
所属NPO団体から緊急派遣要員召集の依頼がありました。

いつものように大学に派遣応諾の許可申請を出し
日本に津波が到達する前に都内でのブリーフィングに参加
その足で成田へ向かう流れで居ましたが・・・

政府派遣の自衛隊医療部隊の緊急医療援助チームが
治安悪化及び政情不安のために受入を待たされたとの情報が。。

NPO支援チーム連絡会の南米支局のある団体から
現地在任中のスタッフからの情報や地元の要望などから
小規模の医療支援は不可欠との依頼も入り
先遣隊という形で現地調査をするメンバーが当日出発しました。

私が現地へ飛んだのは6日になり
緊急医療支援の土台作りがメインの任務になりました。

被災後一週間ですので、既に国内外からの支援団体が活動を始め
医療内容も救命の段階を終る状況でした。

ハイチなどと違って先ず国力があることに加え
南北に広い国土なので、被災地以外の主要都市は機能しており
国内の医療体制が整っている状況も手伝って
インフラが整う頃には救命に関してはある程度の道筋が
出来上がりつつありました。

ただハイチの時もそうでしたが、地震によるPTSDなど
今後のメンタルケアにはどれほどの時間を要するかは
本当に見当のつかない空しさを感じました。
特に小さなお子さんの心の傷は、
大人になっても癒える事はないのかもしれない様な気がして・・・

およそ3週間の現地での医療活動の後
そのバトンをメンタルケアや慢性期医療のスタッフへつないで
何とか任務完了し帰国出来ました。


成田からのリムジンから遠くに桜が見えました。
出発の頃はまだ最高気温が10℃に達する日が珍しかったのに。。。

季節は間違いなく前へ前へと進んでいるのですね。
日を重ねることであの被災者の心の傷も
前へ前へと明るい方向に向かってくれる事を祈るばかりです。

桜の花を見てホッとできるのは私が日本人だから!?
それとも本当に花を見るゆとりの有る時間だからでしょうか?

きっとそれは今が平和だからだと言うことなのでしょうね。

南米にはジャカランダと言う綺麗な紫色の花木があります。
近い将来、彼らが又あの花を見上げて
ホッとできる時間を持てるようになる事を今は信じたいと思います。


急な召集でしたので、何もお知らせ出来ずにブログを休み
色々ご心配をお掛けしてしまいましたことをお許し下さい。

つらい思いを引き連れて帰国しましたが
皆様から頂いたコメントに励まされ、ぬくもりを感じることが出来ました。
本当にありがとうございます!

これからも日々のことなど記していこうと思っていますので
宜しかったらまたお付き合い頂ければ幸いです。

心より感謝の気持ちを込めて。。。。

ありがとうございました。 

                           なすび



nasubi83 at 20:23|PermalinkComments(12)TrackBack(0)

2010年02月10日

ご無沙汰しましたが戻りました。。。

先日無事に帰国する事ができました。

国内の報道で既にご存知の方もいらっしゃると思いますが
政府派遣の緊急援助隊医療チーム1次隊は
その任務を、防衛省の派遣した防衛省医療技官の
医療支援チームへ引き継ぐ事になり、
JAICA関連の召集が無い事は
前回のブログを書いた直ぐ後に連絡が入りました。

ただその直ぐ後に、所属するNGO団体の方からの要請が入り
政府派遣ではなく、民間団体の派遣要員として
現地へ飛ぶ事になりました。

現地へは日本政府派遣の緊急援助隊の他
日本国内からだけでも医療法人が独自で派遣したり
数多くのNGO団体が医療分野を含み現地入りしていました。

それぞれの活動場所や内容も多少異なるのですが
医療活動のエリアはそれなりに警備もされていて
民衆が略奪などに押し入る事は無いと言われてはいたのですが…
一歩外へ出ると、災害で家族や家屋などすべてを失った方も多く
その喪失感は肌を通して痛いほど伝わってきました。

そして家族の為に食料を確保しなければならないと
殺気立って我先にと列も関係なく配給になだれ込む姿も多く
警護の銃声が聞こえる事もしばしば。。。

それも皆さん、生への強い意志の表れなのでしょう。。。

親を亡くした小さなお子さんが途方に暮れながら
食料を探す事すら諦めたかのように佇み
その表情からは悲しみすら消え去っていました。

小さな子の笑顔が、この時ばかりは本当に
すべてのやる気を起こす力の源だと感じたものでした。

感情を亡くす小さなお子さんの心の傷は
どれだけの時間が解決に必要なのでしょう!?

外傷手当てや骨折などの確認の為に
ベットに運ばれ家族の話や被災時の状況などを聞こうにも
そのお子さんは感情を出す事が無く、頷く事さえできず
PTSDの奥深さに苛まれてしまっていました。

傷や骨折は処置できても、心に残ったこの深い傷は
この子が大人になっても消え去る事は無いのかも知れません。
私たちは本当に初期の外傷をメインとした治療をするだけで
今はこうしてお腹も一杯に食事も出来、家族もいる地に戻っています。

本当の援助がいったい何なのか?
自問自答をしても見つからない答えなのでしょうね。。。

出来得るだけの継続的援助を適材適所に施される事を
心から願うばかりです。

帰りの乗り継ぎでダラスの空港で聞いたニュースの中で
援助と称して現地のお子さんたちを勝手に支援団体の手で
国外へ連れ出そうとした事件があった事を知り驚愕しました。

援助や支援が受手の望みではなく
供手の思い込みで行われる事の恐怖感を感じるニュースでした。


現地では被災直後の緊急医療は一段落と言えます。
が、その際の怪我や病気、そしてトラウマなどのケアは
今後も長期にわたって必要になるものです。

被災地が落ち着きを取り戻し
復興の一助の中に医療分野も自立させられる手立てを
組み入れられるようNGOのみならず政府派遣のPKOも含め
長期支援はもう暫く続きそうです。

もしかすると夏前にももう一度現地へ赴く事になるかも・・・


その時にはあのお子さんたちに笑顔が戻っている事を祈りながら
彼の地を離れる事になりました。

この派遣では緊急医療に携わる人材の育成も
今後課題として浮き彫りになりましたが
その前に私自身の技術の向上に努力しなければいけませんね。。。






nasubi83 at 11:33|PermalinkComments(12)TrackBack(0)

2010年01月19日

雪国から赤道直下へ。。。

更新が疎かになりましたが
先週末に診療所での勤務辞令が満了となり
週末に病院へ戻り、今週から通常勤務に入る・・・

そう言う予定でいたのですが。。
先週起こった地震災害への医療支援が急遽決まり
登録された派遣要員に一斉に連絡が入りました。

その時はまだこちらに戻る前で、召集場所まで迅速移動も出来ず、
病院の許可も取れない状態でしたので
一時隊で出発する知り合いのメンバーの無事を祈るばかりでしたが
ここへ来て2次隊の派遣も検討される事態になってきましたので
その際の派遣可能かどうかの打診が入りました。

病院側に相談すると、
大学の授業が今週で一通り終わるので
それ以降の派遣召集ならスタッフの遣り繰りも可能とのお返事。

今日明日の出発ではないものの
それまでに大学の講義や、病院へ出す診療所での活動報告書作成
そして病院での通常勤務のCN間の遣り繰りなどなど・・・
チョッとバタバタと忙しさが増してきましたので
ブログ更新がまた疎かになってしまいそうですが
宜しかったら長い目でお付き合い頂ければと思います。

勿論今の段階で2次隊の派遣事態が決定したと言うわけではなく
その要員に入っているわけではないのですが
被災規模が可也広範な事や、現地インフラの不備など
医療支援も長期化が必要ではないかとの報告もあり
現在派遣されている1次隊の活動満了する2週間後には
新たな援助隊が行く必要が有るのではないかといわれています。

もっと早く支援体制が整って、被災者の一人でも多くの救出が
なされていれば良かったのでしょうけれど。。。
現地の治安の悪化振りは中国四川派遣時のそれとは
比べ物にならないほど厳しい状況のようでもありますので
救出・治療・復興と一日も早く必要なところへ必要な援助が
届くようになる事を祈りながら、
出来うる範疇でお手伝いしようと思います。



皆様のブログへ訪問したいのですが
慌しさの中、軽々なコメントを残しては失礼と思い
ゆとりの出来るまでもう暫く失礼させていただきます事を
どうぞお許しくださいませ。



nasubi83 at 15:29|PermalinkComments(12)TrackBack(0)

2009年10月16日

帰国報告

派遣活動中は皆様にご心配をおかけしましたが
何とか無事帰国することが出来ました。

実際の現場では思うような活動内容が出来たのか
未だに答えが出ないのは何度医療支援に出向いても同じで
今回も最善は尽くせても、その結果が被災者のために
結びついたのかはまだまだ分からないのが本音です。

現地に就き医療活動をする頃から
雨季の走りの豪雨に見舞われるような天気になり
仮設診療所では衛生管理も重要な業務になりました。

どの被災地でも復興支援に出向くタイミングでは
衛生面の劣悪化が進んでいるのですが
今回も屎尿処理や遺体の管理が行届いている状況ではなく
2次感染者を出さない医療指導なども任務に含まれ
直接の外科的・内科的治療や医療活動以外にも
多くの時間(一日20時間近く)を割く事になりました。

ちょうど私たちのチームが活動を始めるころに
第一陣の救出活動をメインに構成された
各国の緊急援助隊がそれぞれの母国へと帰国されだし
日本政府派遣の緊急援助隊も帰任されて行く所で
見知ったお顔に会釈でさよなら!
後は私たちが引き継ぎますとお見送りです!

私の方はほぼ毎日ずぶ濡れになりながら
患者さんで溢れかえる仮設診療所と処置室、
それに近くの小学校や避難施設を駆け巡りながらも
初期治療や衛生指導に携わりました。

このチームで設営した仮設診療所を
そのまま2次隊に引継ぎ、私達のチームのDr.やNrs.
それにコーディネータなどと一緒に一昨日遅く無事帰国しましたが
やはり現地での被災者のこれからを思うと
自分の帰国や現地での活動が自己満足にならないよう
再度戒めをもって今後の経緯を見守りたいと思います。

地震等はいつどこで誰の身に起きても不思議のない
明日は我が身の天災ですから。。。


帰国後直ぐ各スタッフはそれぞれの病院などへ戻り
日常の医療活動に就いています。
私も昨夜から深夜勤務に就きました。

ボランティア活動とは言え、
それほど長く所属病院を離れる事も出来ず
いくつかのチームに分かれて継続活動をするのが
今の私たちには精一杯なのが心残りですが
これからも自分たちで出来る範囲での
身の丈にあった支援活動を続けて行こうと思っています。


取り敢えず、無事に戻ったご報告と
ブログに何も書けずに出発してしまった事をお詫びし
これからも少しずつブログを続けて行こうと思います。
宜しかったら又皆さんにお付き合いいただければ幸いです。

ただ少し疲れたのか体調が万全ではないので(年かな?)
皆さんのブログへお邪魔させて頂くのは
もう少しお時間をいただければと思います。

ご心配を頂いた皆様、本当にありがとうございます。
心より感謝しております。



                なすび





















at 14:47|PermalinkComments(12)TrackBack(0)

2009年10月03日

初心に戻り・・・

人は不合理 非論理 利己的です 
気にすることなくひとを愛しなさい

あなたが善を行うと利己的な目的でそれをしたと言われるでしょう
気にすることなく善を行いなさい

目的を達しようとするとき邪魔立てするひとに出会うでしょう
気にすることなくやり遂げなさい

善い行いをしてもおそらく次の日には忘れられるでしょう
気にすることなくし続けなさい

あなたの正直さと誠実さが あなたを傷つけるでしょう
気にすることなく正直で誠実であり続けなさい

あなたが作り上げたものが壊されるでしょう
気にすることなく作り続けなさい

助けた相手から恩知らずの仕打ちを受けるでしょう
気にすることなく助け続けなさい

あなたの中の最良のものをこの世界に与えなさい
たとえそれが十分でなくても 
気にすることなく最良のものをこの世に与え続けなさい
最後に振り返るとあなたにもわかるはず

結局はあなたと内なる神との間のことなのです
あなたと他の人の間のことであったのは一度もなかったのです
     
                           マザー・テレサ


看護師を志した頃読んだ本の一節を思い出しました。


緊急援助隊の1次隊が既に現地で活動しています。
今回は2次隊の派遣要請が有るかは
まだ決まっていない状況です。

ただ派遣が決まっても、うちの病院が
新型インフルエンザのパンデミック時には
拠点対応病院になるので人員確保の意味合いから
私が現地へ派遣される許可が出るかどうか微妙です。

国内であれ被災地であれ、どんな状況でも
初心忘するべからずを志に患者さんに向き合い
対応しようと思います。

このマザーテレサの言葉が
今の私には力強い応援歌です!






















at 09:35|PermalinkComments(19)TrackBack(0)

2008年06月06日

何度かの復興支援に携わって。。

皆様の温かなコメントに感謝しながら
「あ?、本当に帰ってきたんだなぁ」と
自宅のパソコンに向ってホッとした気分に包まれました。

今回は相手国が日本の援助隊を最初に受け入れたと言う事で
日本国内でもニュース報道に大きく取り上げられたようですが
実はこう言った国際援助活動は今までにも何度も行われたんですよ。

同行させて頂いた医療チームのスタッフの中には
今回の派遣が海外派遣3度目とか6度目と言ったベテランの方も
数人いらっしゃいました。
私自身、国内の被災地へ3度派遣された事があります。
本当はこう言った派遣要請が必要な災害が無い方が良いのですが。。


どこの被災地でも現地での活動に就くと、
先ずどの医療機関も殆ど機能していない状態です。
トリアージもままならない状態で、重症から軽症まで
多くの患者さんが外まで溢れている事もありました。


ただそう言った悲惨な風景の中で医療活動をしていても
日に日にライフラインなど回復の目処が立っていくのが
垣間見れて来る事があります。

重症患者さんの初療が一区切りつくと
後は回復への治療に掛かれる嬉しさも沸いてきます。
勿論その影には、診療施設にさえ辿り着く事が出来ずに
命を落とされた方々の計り知れない苦痛もあるのですが。。。


私たちは仕事を終えれば、その地を後にできます。
医療機関の機能が復帰すれば、現地の医療従事者や機関へ
そのバトンを渡すだけですから。。

それでも治療に携わった患者さんとの絆は、国内外にとらわれず
言葉の意思疎通も乗り越えて結ばれる物もあります。


今回私は救命を担当しましたので、
被災後初めて治療を受ける患者さんばかりの対応でした。

一人ひとりの患者さんとゆっくり時間を掛けての
コミュニケーションを取る余裕が持てなかったことが残念ですが
それでも言葉も通じない外国の医療者に身を任せて下さり
外傷の治療やCTやX-Rayなどの検査を終える頃には
それまで硬い表情でしかなかった患者さんや付き添いの方が
私たちの手を強く握って、時に涙しながら自然な口調で
「○○・・(なんと言ってるか分かりませんが)」と
満面の笑顔になって下さるのを見ていると国境などは感じません。


今までにも能登や中越の震災復興に派遣された後、
医療機関は復旧して、私たちが帰る際に見る町並みは
まだまだ崩れた家屋や寸断された道路などの惨状が見られましたが
それも今では殆ど復興されて、新たな町並みが現れています。

その力強さを見ると、今回の震災に見舞われた地域でも
インフラのみならず、いつかきっと心に刻まれたこの震災の傷も
復興の流れに洗い流される事を願いながら
全て悲観ばかりするのではなく、前を向いていて欲しいと
通訳の中国人看護師さんを通して患者さんに話してみました。


綺麗事ばかりではどうしようもない程の大災害でしたが
前を見て、笑顔を忘れないでいて欲しいです。

いつかきっと心の傷も癒される日が来ることを信じて。。。

あれだけの怪我を負いながらも、助かった命なのですからね。

at 15:31|PermalinkComments(12)TrackBack(0)

2008年06月04日

ありがとうございます 戻りました。。

出発が急に決まり、間際にバタバタしてしまいましたので、
ブログには無にも書けずに派遣になり
自分のブログがどうなっているか分からないままでしたが。。

不在中にも皆様からの暖かな励ましやお気遣いのメッセージを
一杯戴き本当に私は幸せ者だなと熱い思いがしています。
メッセージをいただけました方々へは心から感謝しています。
本当にありがとうございました。
おかげさまで無事に任務を遂行する事もでき
それなりの活動をして来れたかなと思っています。

現地には今後も医療・看護技術の支援などを通じ
関わりが持てればと思い、被災者の皆さんの早期健康回復と
復興を案じながら帰国の途につく事が出来ました。


今回の派遣も中越や能登の震災復旧支援に就いた際と同様
急な派遣でしたが、大学にも病院にもそして勿論私の欠勤を
カバーしてくれた同僚の皆さんにも沢山のご配慮頂き
微力ですが現地の患者さんの回復の助力に携われた事が
この仕事をしていて自分なりに嬉しく思えます。


さらに今回は帰ってきて、ブログでのまだ見ぬ皆様からの
暖かなメッセージに、現地での疲れなど忘れるほどの
大きな励ましを頂きました。

月曜の遅くに帰宅し、昨日は朝から大学や病院へ修了報告に回り
各方面へ提出する活動報告書を書き、深夜からは通常勤務に就き
先程戻った所なので、若干の疲れが残っていたのですが、
久し振りに開いたブログのコメントに涙が出る思いでした。

「疲れた」などと甘えた事を言ってられないですね!
被災された方からすれば、私の疲れなど比たる物では無いですし
私にはこれだけ暖かなメッセージを下さる皆さまが
居て下さるのですから。。。

本当に皆さまには感謝しています。
ありがとうございました。
そして今後ともどうぞよろしくお付き合いくだされば
私にとってこれ程の力は無く、幸いに思います。

本当にありがとうございました

これで今夜もまた元気を戴けて、頑張って勤務に就けそうです^^)

at 15:11|PermalinkComments(10)TrackBack(0)
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