命のリレー

2009年04月10日

命のリレーからバトンを受けられたようです

ここの所新人スタッフの配属があったり
来週には始まる学部生の講義の準備に追われたりと
ブログ更新が中々出来ずに困りました。。。

それでも桜が満開になったり
春の装いにウキウキしたりしています。


そしてこの間は、思いも掛けない訪問を受け
その力強さに元気を頂いた気がします!

覚えている方もいらっしゃるでしょうか!?
昨年の冬の日勤帯の出来事でした。

お父様から生まれたばかりのお子さんへの
命のリレー・・・その日のブログです!

その日奥様が出産の為入院されていた病院とのやり取りだけで
実際には奥様にお会いする事もなく、
一人旅立つご主人をお送りした辛い勤務でした。


メンタルケアを要する奥様の病状も気になりましたが
その奥様が先日御礼にと
私たちの所へお越し下さいました。

あの日ご主人から命のバトンを渡された
小さな小さな男の子もご一緒に!



奥様のお話では、出産後もご主人が中々来てくれず
自分もパニック障害を発症していたので
余り状況を覚えていないそうですが
退院の話が出た頃からカウンセラーなどの面会が増え
それまでご主人は「急な出張」と聞かされていたのが
家族を交えて真実を打ち明けられたそうです。

その後暫く「失意のどん底を這い回った」そうです。
それでも気になったのが生まれたばかりのお子さんの事。
授乳などを自分がしなきゃという母性が
生活面にまで幸いし、ご両親のサポートもあって
徐々にメンタルケアの必要も薄れたそうです。

そして一周忌を終え、春を迎えた事で
ご主人が最期を迎えた場所を自分の目で見て
その際に携わったスタッフへ御礼を言いたいと思われ
ご両親とお子さんの4人でご挨拶に来て下さったのでした。

お子さんは既に一人歩きも出来るように成長され
奥様のお顔には終始笑顔がありました。

そしてお父さんが旅立ったその時刻に
この世へ生を受けたお子さんにその事を語り聞かせながら
ご自身に言い聞かせるかのように
「パパの分まで○○ちゃんが元気で生きていかなきゃね」って
語りかけていたのを見て
もうメンタルケアはそれ程心配要らないなと感じました。

この赤ちゃんも、そしてお母さんも
シッカリとお父さんからの命のバトンを
受け取られたようですね(^-^)

早いものであれから一年チョッとが経ち
お子さんの成長を見る事でその月日を思い出しても
今はこの子の為にも泣いていられないと
力強さをみなぎらせていらっしゃいました。

自分はメンタルのケアがあるので
カウンセラーさんに何でも話せるから
今は本当に楽になったと明るい表情で仰られました。

病気になったのは残念だけど、病気とうまく付き合う
その方法を身に付けた事で前向きに考えられるようになった
そう仰ってくださった時は本当に穏やかなお顔でしたよ。

余り一生懸命になりすぎず
お子さんと一緒に心にゆとりを持ちながら
ご主人の分まで楽しい日々を送ってくださいね!

そう言ってお別れしました(^-^)





















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2008年06月23日

日曜の夜は。。。

長期入院中の患者さんにとって
日曜日はチョッと嬉しい気分になれる日でもあります!
それは外出・外泊許可が出る可能性があるから。。。

勿論救命やICUにそんなものはありませんが
昨日はその外泊が、思いもよらない事態を招いてしまったようです。


深夜勤について間も無く、内科病棟からのコールが鳴りました。
病棟での急変です!

当初は外泊先からの帰りが遅いので、病棟看護師さんが何度か連絡し
遅れることの確認が取れたので安心されたようでしたが
病院に戻ったのが夜の11時過ぎ、これ事態可也病状に障ります。


脳梗塞を発症し片麻痺が残っている患者さんですが
昨日が初めての外泊だったそうで、本人も楽しみに帰ったようでした。

久しぶりに自宅で週末を過ごし、病院では食べられない好物を
おなか一杯食べたのでしょうか楽しい時間も直ぐに過ぎ
病院へ戻る時間ギリギリまで家族と食卓を囲んでいたそうです。


そこまでは回復に向け、むしろ恵まれた家庭環境の患者さんなのですが
ちょっとハメを外しすぎちゃったのでしょうか。。。

時間に遅れ慌てて病院に戻ったことも影響したのか
食べたものが消化されていないようで、病棟へ着いても
気分悪い様子で担当看護師も注意して見ていたそうです。


暫くして様子を見に行った看護師が気づいた時には
既に呼吸停止状態で、救命へ連絡が入りました。

状態から一刻を争う様子が伺え、救命へ運んでもらうより
こちらから行った方が早いのでDr.と私の2人で救命セット持ってダッシュ!!

病棟ではちょうど体位を整えているところでした。
先ず医師が心肺停止を確認。

処置の準備が出来るまで私がCPR(蘇生術)を施し
口腔を確認すると何かが喉元に見え隠れします。

これは絶対詰まっている!
お年寄りや術後患者さんなどのように、嚥下機能の低下した方には
良くある事ですが、食べたものや吐き出したものが
喉に詰まることがあります。


直ぐに胸骨圧迫術に切り替えて胸を押すと、
一回押しただけで「ぐぁぁ・・・」と言う声と供に
白い何かがダラーと流れ出してきました。
なんとご飯粒の塊です!


完全に窒息状態。Dr.が処置する前に原因物は除去できました。
その後吸引すると、死線期呼吸状態だったので酸素をあて
補助呼吸して様子観察すると、やがて明らかな体動が出てきました。
脈が微かながらも振れだし、間も無く意識も戻ってきました。

これで一安心、Dr.と二人でハイタッチ!


この様子を見ていた内科の看護師さんに
「救命ってDr.と仲いいじゃん」って言われたけど
助けられた時はDr.も看護師も関係なく、嬉しいですからね!


そのまま深夜の病院の廊下をストレッチャーを押して
朝までICUで経過を見ることになりましたが心配有りませんでした。

きっと時間まで家族と楽しい食事をしていて
慌てて戻ったので消化も悪く吐いた物が詰まったのでしょうね。

ICUに患者さんを引き継いでから同僚に
「白衣着替えておいでよ!予防衣つけなかったでしょう」と言われ
気付いたらお腹の辺りにベッチョリと吐しゃ物が着いていました(^_^;)

私も急いで内科へ走ったので、AEDや挿菅セットは持ったけど
自分の予防衣(エプロンのようなもの)をするのを忘れていました。

お陰で朝まで術衣を着て仕事していましたよ。。。







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2008年01月18日

命のリレー

こちらにも初雪が降った、そんな寒い朝に
その患者さんが搬送されて来ました。

30代男性、外回りの営業マンで取引先の会社で商談中に倒れ
意識不明状態での救急搬送要請。

状態は可也シビアで、入ってくる情報から
オペを想定しての準備に掛かりました。
検査結果から脳動脈瘤破裂である事が分かり緊急オペへ。
私は患者さんのご家族への連絡に奔走しましたが。。。

取引先の会社から患者さんの勤め先へ連絡されてあったので
勤め先が自宅へ連絡されたようだけど
ご夫婦二人の自宅には連絡が付かず、履歴書まで探して下さって
東北地方にあるご実家へ連絡いただけました。

その後はご実家からこちらの病院へ連絡をいただき
病状説明などしたのですが、そこで奥様の居所が判明!

なんと奥様は出産間近で、別の産院に既に入院中。。。
そちらへ私から連絡をした所、産科の主治医が奥様の病状を
説明して下さり、40代での初産と言う事もあって
妊娠初期より精神不安が重なり、精神科受診もされていたそうで
ご主人の現状を説明できる状態ではないとの判断でした。

しかも予定日より2週間も早く今朝方既に破水もしている状態で、
出産に向けて精神状態を含め安定を要する事と、
近況からご主人の大事を受入れられる精神状態では
無いという判断でした。

破水された事を産科からご主人へ連絡されてたそうですが
既にご主人は取引先で打合せされてる時刻だったようで、
携帯にご主人が出る事は無かったそうでした。

奥様の身内の方が産科病院へ向っているとの事なので
到着したら連絡を下さるよう伝え、ご主人のお父様へ再度連絡し
重篤である事など病状やこちらの場所など詳細を説明し
こちらへ駆けつけてくださる所まで連絡が進んでいきました。

その旨オペ室のDr.へ伝えに向ったときでした。。
奥様の病院スタッフから私へ連絡が入り、

「13時15分 元気な男の子出産」の報が伝わりました。

母体が興奮状態なのでご主人の件は時間を置いて話したい旨
奥様の身内への連絡も暫く待って欲しいとの依頼でした。
おそらく相当興奮状態が激しいのが伺えます。

それでもお子さん誕生のお知らせも有るのですから、
ご主人にはなんとしても頑張って頂かなければと思い
オペ室へ走ると。。。。
丁度Dr.が出てきて、私の顔を見るなり首を横に振りました。。

脳動脈瘤破裂によるクモ幕下出血。
確かに重篤なケースになる事の多い症例です。
でもこんな時に・・・。

カルテに記載された死亡時刻
13時15分。。。

お父様からお顔を見る事の無かった男の子への命のリレー。。。
こんなバトンの渡し方って・・・・

初雪のように儚く消え去るように。。。
チョッと辛い午後でした。











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2007年08月24日

Point of No Return

Point of No Return(帰らざる地点)とでも訳しましょうか
救命医療の現場では時折使う言葉です。

心肺停止してから20分過ぎると蘇生は難しくなります。
ある種の薬品では、発症からの時間によってその効力が
無効になってしまうものも有ります。

この「帰らざる地点」を過ぎてしまうと、私たちスタッフが
どう頑張っても、命を救うことは難しくなってしまいます。
まさに「生命の分岐点」 Point of No Return なのです。


週末の朝、駅のトイレの個室で男性が倒れているのを発見され
駅員さんを通して救急要請がありました。

入ってくる情報から、恐らく脳疾患だろうと推測できますが
倒れられてから発見されるまで、どの位の時間が掛かったか
誰も知る由もなく、チョッと心配な状態でした。

到着後直ぐに各種検査を行った結果、脳梗塞が見つかり
倒れられた原因は確認できました。

問題は治療方針です。
もし倒れてからの時間が確認されて、所定時間以内なら
それに対応する薬の投与処置で可也の効果が期待できます。

でもその時間を過ぎていたら、その薬品を使えず後遺症も
ハイリスクで覚悟しなければなりません。

他のデータは検査結果から読み取れますが、
発症した時間は誰にも分からない状態です。
このままでは所定時間が残りどの位有るのか分かりません。

兎に角手分けして持ち物や駅員さんの証言など再確認です。
持ち物の中に携帯があり、Dr.の指示で止むを得ず
アドレスチェックさせて頂き、その中に「自宅」っと
いう項目があり、そちらへ連絡させていただきました。

奥様と言う方が出られて、ここまでの経緯と免許証の名前
それに携帯の電話番号でご主人だと思われることを話して
先ずは自宅を出られた時刻と、その駅までの凡その所要時間を
伺って、こちらへきて頂く様お願いしました。

奥様の証言から駅のトイレに入った時刻が推測でき
直後に発症したとしても、この薬品処置が可能な時間だと
判断出来たので、直ぐに処置開始できました。

その時間が所要時間ギリギリの30分前!
もし後30分手間取っていたら、この患者さんの社会復帰は
難しい物になったかも知れません。

まさに「Point of No Return」 生命の分岐点まで30分でした。

奥様が到着した頃には、意識も取り戻されていて
自分に何が起っていたのかさえ理解し得ないまま
奥様の引きつった泣き笑顔をボーっと眺めてられました。

患者さんは30代後半、働き盛りのサラリーマンさん。
朝の忙しさの中で腹痛を催し、駅のトイレに入ったことは
覚えてられましたが、その後は奥様のお顔を見るまで
何も記憶にない状態だったようです。

落ち着いてから病状をご説明したら、
「脳梗塞なんて、年寄りのなるものだと思ってた」と
驚いていらっしゃいました。

幸い機能障害も残らず、お若いので体力も有る分
社会復帰までの回復も早いでしょう!

予後観察のため数日の入院になりますが、その際には禁煙に
挑戦するのが目標になる程のチェーンスモーカーだそうで
奥様も心配されてたとの事でした。
タバコによる生命への悪影響が有ったのかも知れませんね。

分岐点30分前まで垣間見られたのですから、禁煙くらいは
奥様・お子様の事を思えば実行してくださるでしょう。

朝からバタバタしましたが、兎に角助かってよかったです!

at 20:23|PermalinkComments(10)TrackBack(0)
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